僕は大勢の家族を前にした。

「・・・・・背中の痛みは必ずしも整形外科的なものとは限らないです。具体的には膵臓に、胸膜炎に・・・」
「ああ、スイゾウな。それだろうって槙原先生が」
「ええ。しかし実際は・・・頻度は少ないのですが」

さきほどの心電図を差し出した。

「専門的な話になりますが。このV1誘導というところを見ますと・・・上向きのところがありますね。ここはR波といって、ふつう下向きなんですが」
「ほう。上を向いておりまんな?」
「で、これに引き続くT波というのが高く上がってる。二等辺三角形ですね」

心電図の近くに、その一連の図を描く。そして別の紙を出す。

「心筋梗塞の波形は、下向きの波と、それに続く下向きの二等辺三角形の形をとるのが典型でして」

患者所見のその紙を上下にひっくり返す。長男は覗き込んだ。

「おんや?ひっくりかえすと・・2つとも同じ絵になりましたな?」
「厳密には左右対称。真ん中に鏡を置くと同じ絵です。実はこの方の所見は、心筋梗塞の波形をそっくり上下に裏返したものだったんです」
「ほうほう?」
「心臓の後ろで起こした心筋梗塞なので、こういう変化となります」

非常に分かりにくい説明だが、する必要があった。

長男はなんとなく納得した。
「す、すると心筋梗塞・・心臓の病気でっか!すると槙原先生は・・・」
「・・・・・」僕はあえて空白にした。
「み、見落としたんやろか。まさか・・・」

僕は慎吾のほうに目をやり、小声でささやいた。
「慎吾。マッキー、じゃない、マーブル呼んで来い」
「俺が?なんで?」
「この患者の主治医なんだよ!」
「マーブルって・・あのマーブル?ゴリラ?はいはい」

 カテーテルの同意書をもらい、患者は運ばれていった。

 マーブルの手を引っ張ってきたのは・・・例のマゾ看護士だった。

「やめろ!やめんか!」巨体のマーブルは腕を何度も振り払うが、マゾ看護士は放さない。
「ヤーメー!ヤメヤメー!」
「こっこいつ!狂ってんのか!」

最後に背中を押され、マーブルは救急室に飛び込んできた。
さっそく、僕らグループに取り囲まれた。

少ししか走ってないマーブルは、早くも息切れしていた。
「フーフー・・・その少ない人数で、よくやったもんだな」
「少ない人数って、なんで知ってたんだ?」僕は聞いた。
「ま、それはいろいろ」
「AMIだ。これから心カテする」心電図を差し出した。

マーブルは一目でそれと確認した。
「純後壁梗塞か。しかしこんな患者を送ったつもりはないぞ?」
「・・・・・」
「どっかの患者と間違ったんじゃないのか?」
「おい慎吾。言ってやれ。打ち合わせどおり」

「あ、ああ・・・」慎吾はびびりながら、マーブルに近づいた。
「お前。ドクターバンクの犬だった奴だな?」
「そ、それはどうでもいいんだよマーブル」
「なに?」
「なぜ・・・こんなことばかりする?俺らを過労に追い込むのが楽しいのか?」
「俺はあくまでも兵隊の1人だ。命令どおりやってるだけの話」
「あ、それでな。マーブル。お前が見てた背部痛の患者。もとは高血圧みたいだが」
「かなりの背部痛だがな。どうせ骨かなんかだろ?ついでに送った患者だ」
「とんでもない。これがそのAMIだったんだよ」
「マジ!」

マーブルの顔が青ざめていった。

慎吾は波に乗ってきた。アドリブの天才は詰め寄った。
「な。マーブル。謝らないかんだろ。いくらなんでも」
「・・・・・う、うちで撮った心電図は、心電図は」

「心電図なんか、ホンマに録ったんかあ?」
長男の声が隅から聞こえた。

「うっく・・・!」
マーブルは青ざめたまま、数歩退いた。

僕らはマイケルのスリラーのごとく、じわじわと詰め寄る。
マーブルはいたたまれなくなり、走って飛び出した。

「待てよおい!アヤマレ!」
僕と慎吾はダッシュし、追いかけた。

「(僕ら)アヤマレ!アヤマレ!」

マーブルは黒い救急車に乗り込み、ロックがかかった。
僕は助手席の窓に顔をくっつけた。
「謝らないとマーブル!ここを出られんぞ!」

すると、わずかにだが窓が下にスライドした。

「ま・・・・」
「?」
「そこは。ま。すまなかったか」
「はあ?聞こえん!」

後ろからナースの声が聞こえた。
『かてーてる、じゅんびができてま〜す!かいしまでじゅっぷん!』

僕と慎吾は振り返り、またマーブルを向いた。

マーブルは前を遮られたのに困惑し、さらに数センチ窓を下げた。

「すま・・・すまな・・・」
「はい?」僕は耳を当てた。
「すまなか・・・った」

僕は車から離れ、慎吾のほうを向いた。
「はい。では慎吾先生。どうぞ!」

慎吾はす〜と息を吸い、人差し指をバッと救急入り口を指差した。

「オレに謝るな!か・・・長男に謝れ!はぁはぁ」

救急車はバックし、方向転換した。
しかし最近の対策で、チェーンが張ってある。駐車券のハンコが必要だ。

その車はチェーンの前で立ち止まり、グググッ・・・パチン、とチェーンを突破した。

「あ!やったな!」僕はそのまま後ろを見送った。
「さ。カテするかカテ!」慎吾はピョンピョンと飛び跳ねた。
「カテの下準備しかしたことない奴が!」
「そこはまあ頑張れよ!お前らの仕事だ!」
「お前にも覚えてもらわなきゃ、困るんだよ!」
「その<お前>は、やめてください!」

口の減らない奴だった。

マゾ看護士が落ち着いた様子で待っている。後片付け中だ。

「いやあ〜。医長先生のてほどきでねえ!うまいことやったねえ!」
「でも1人亡くなった。手放しでは喜べない」
「拳闘家は、田中事務員が病院探すといって出ました!」
「患者を連れて?」
「ブラックリストだから!たぶん見つかりませんぜ!へへへ!」
「だる・・・Uターン現象かよ?」
「インヤー!図を描いてひっくり返す説明!グレイトグレイト!」
「バカにしてんのか・・・?」
「あれよねあれよね?鏡面像っていうやつ?」
「そうだ。レシプロカル・チェンジ!」
「チェンジ?変身?」
「あたまいた・・・」

看護士はゴミ集めをやめ、斜めに腕を振り上げた。
「変身!」
「というか、変人だな君は」
「とう!」看護士は一瞬、上に飛んだ。

僕は慎吾と廊下に出た。カテ室まで早歩きだ。

「なあ慎吾。今日もこうしてやれたのは、チームワークの勝利だよな」
「だがな。変えなきゃいけないものだってあるよ」
「ちっとは素直に聞けよ・・!」
「まあ今日はムンテラお世話になったけど、俺もこれからは本領発揮だからな」
「なら、早く変わってくれよ!」
「変わるとも!人間は変えられる!」
「変わる・・変身か。へんしん・・・」

僕らは立ち止まり・・・

「とお!」

とは、やってないやってない。

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