サンダル休日 木曜日 ? みな子供
2006年10月10日事務長はヨレヨレの茶色スーツを直しながら、じゅうたんの上に座り込んだ。
「なんか、今日もたくさん救急が来たみたいで」
「多かったぞ今日は。またあそこからだ!」
「真珠会ですね・・」
「1人はダメだった・・・外科はさっさと帰るし、トシキやシローはいないし。この急な搬入、なんとかならんのか?」
「なんとかしてきたんですよそれが!」
「なにっ?」
「うそうそ」
「だる!」
「それもうそうそ」
事務長は手帳を拡げた。
「あまりにも無礼な搬送が多かったので、自ら交渉してきたんです」
「お前が?」
「え、ええ・・・。いけなかったですか?」
「いや。で?」
「赤井院長は、会ってくれませんでした。ユウキ先生の名前も出したんですが」
「おい!勝手に出すなよ!」
などと言いながらも、お客さんに出すルーチンのコーヒーは入れた。
「どうぞ」
「ああ。どうも」
不安定なじゅうたんの上に置く。
「で?それからそれから?」
「警告はしてきました。これからは強引に入ってこれないよう門を強化し、搬送は紹介状と前もっての連絡をと」
「そりゃそうだよな。紹介する側の常識だ!」
「すると専属の救急隊長が戻ってきましてね。胸ぐらつかまれて。空手やってるそうです」
「追い出されたのか・・・ああほんで、トシキはどうなった?登校拒否児は?」
事務長は肩を落とした。
「医長先生。彼、かなり落ち込んでいるようでして」
「エロビデオの件が、そんなにこたえたのか・・」
「そりゃ、誰でも落ち込むでしょうよ」
「そうかな・・・?誰でも見るものだろ?」
事務長は立ち上がり、壁の電話から受話器を取り出した。
「ささ!仲直りしなさい!」
「電話?オレがあいつに?」
「困るんですよ!こんなことで業務に支障が出たら!」
「学生じゃあるまいし!<ごめん>とでも謝れ、っていうのか?」
耳に当てられた受話器は、さっそくプルルル、とつながり始めていた。
「な、なんかドキドキするなあ・・・」
「<すまん。オレが悪かった。どうか戻ってきてくれ>」
「素直に謝るなんて、医者には出来ない芸当だぜ・・・う!」
ガチャ、と電話が出た。
『はい・・・』放心状態のトシキだった。
「お!こんばんは!」
『・・・・・・』
無音状態だ。
「ちょ、調子悪いのか?」
『・・・・・・』
「今日は救急がたくさん入ってな。アパムの手も借りたいぐらい忙しかった」
『・・・・・・』
「もしもし?もしもーし!」
事務長は僕の後ろであちこち歩いていた。落ち着きがない。
「あのな、トシキ。例の1件はな。ま、すまんかった。父さんもな、ああいう経験はある。理解はしている。男の子だもんなあはは!」
『・・・・・・』
「俺はな、別に悪気はないんだよ。お前に恨みはないし」
『・・・・・・』
ダメだ。こういうのは苦手だ。返事がなく自分が喋ってるだけだ。
「な・・なんか言えよ。トシキ先生」
『・・・・・・』
「明日は来いよ。患者の引継ぎもしたいし」
『・・・・・・』
「おい!いつまで黙ってんだよ!なにか!しゃ!べ!れ!」
『い・・・・』
たしかに、何かは喋った。
事務長が後ろからささやく。
「医長先生。代わって代わって」
「はあ?ほらよ」
事務長は仕方ないな、という表情で受話器を持った。
「あのですね先生。医長先生もこのように反省しておりまして」
「なっ?おい」
「ええ。私のほうからガツン、と言っときましたから!暴力?いやそこまでは・・・殴りましょうか?あ、いいですか。はいはい」
「事務長も大変だな・・・」
「シッ!いえいえ。ちょっとネズミがいまして。ええ・・・・・今日の救急もね。そらもう大変でしたが。医長先生がもう泣きわめいて失禁して。<トシキ先生なしでは俺たち、やっていけない以下同文>って」
「なにが<以下同文>だよ!作るな!」
「私もねえ、彼らだけではどうしようもないんですよ。人として」
「なにが<人として>だよ。スカポン!」
「・・・あ、そうですか!そうでございますか!ありがとうございます!あり・・・あれ?」
どうやら、切られたようだ。
「切られたか。でも、明日は来てくれるみたいです」
「脚色しすぎでないか?」
「結果よければすべてよし、です」
「さすが事務職だな・・・お前はやっぱ<孔明>だよ。策士だな」
「褒められているのか、けなされてるのか・・・」
「皮肉だよ」
事務長はコーヒーを飲んで、流しに戻して洗い始めた。
妙な間があった。
「医長先生。お忙しいのは分かるんですが」
「ほうら始まったぞ」
「いえいえ。どうか聞いていただきたい」
事務長は後ろ向きで、残った洗い物まで洗い始めた。
「どうしたんですか先生?ここ最近、先生が凶暴だとの噂がたえないのは」
「そうかなあ・・?」
「怖いらしいですよ。詰所も、弥生先生も。彼女さっき、医局で泣いてました」
「怖いってか。でも彼らはオレが怒った・・・その理由まで考えてるのかな?」
「いや、内容は間違ってないそうなんです」
「あ、あのな・・・」
「ですがその。医長先生もおっしゃってたじゃないですか。<今の子らは怒っても黙るだけ>だって」
「それで優しくでもして、患者が死んだらどうするよ?」
事務長の手が止まった。
「医長先生。ただ、職場の雰囲気をもうちょっと考えて」
「お前に言われるとは、思わなかったな」
「あの教訓ですよ。イッツトゥルー、バットの表現。認めて諭す。それが指導者のマネージメントでして」
「そりゃ、俺だって人には優しくしたいよ」
「では、してあげてください」
「なぬ?」
「身近な人から!」
事務長は上にある布で手を拭いた。
「事務長。それ、そうじのオバちゃんが使ってるぞうきんだよ」
「ひっ!」
事務長の遠まわしはすぐ分かる。まずは・・・近くの弥生先生に謝って来いということだ。
「じゃ、しゃあないか。弥生先生はもう帰ったかな・・」
「医局におられます」
「ちっ。なんで俺だけ、あやまってばかりなんだよ・・・」
「頼みますよ先生。みんなが気にしていることなんです」
担任の先生のような気持ちで、廊下へと出た。
「中学生日記かよ・・・」
みんなも言い過ぎたと思ったら、フォローはしておこう。
たとえそれが、正しいことでもな・・・。
「なんか、今日もたくさん救急が来たみたいで」
「多かったぞ今日は。またあそこからだ!」
「真珠会ですね・・」
「1人はダメだった・・・外科はさっさと帰るし、トシキやシローはいないし。この急な搬入、なんとかならんのか?」
「なんとかしてきたんですよそれが!」
「なにっ?」
「うそうそ」
「だる!」
「それもうそうそ」
事務長は手帳を拡げた。
「あまりにも無礼な搬送が多かったので、自ら交渉してきたんです」
「お前が?」
「え、ええ・・・。いけなかったですか?」
「いや。で?」
「赤井院長は、会ってくれませんでした。ユウキ先生の名前も出したんですが」
「おい!勝手に出すなよ!」
などと言いながらも、お客さんに出すルーチンのコーヒーは入れた。
「どうぞ」
「ああ。どうも」
不安定なじゅうたんの上に置く。
「で?それからそれから?」
「警告はしてきました。これからは強引に入ってこれないよう門を強化し、搬送は紹介状と前もっての連絡をと」
「そりゃそうだよな。紹介する側の常識だ!」
「すると専属の救急隊長が戻ってきましてね。胸ぐらつかまれて。空手やってるそうです」
「追い出されたのか・・・ああほんで、トシキはどうなった?登校拒否児は?」
事務長は肩を落とした。
「医長先生。彼、かなり落ち込んでいるようでして」
「エロビデオの件が、そんなにこたえたのか・・」
「そりゃ、誰でも落ち込むでしょうよ」
「そうかな・・・?誰でも見るものだろ?」
事務長は立ち上がり、壁の電話から受話器を取り出した。
「ささ!仲直りしなさい!」
「電話?オレがあいつに?」
「困るんですよ!こんなことで業務に支障が出たら!」
「学生じゃあるまいし!<ごめん>とでも謝れ、っていうのか?」
耳に当てられた受話器は、さっそくプルルル、とつながり始めていた。
「な、なんかドキドキするなあ・・・」
「<すまん。オレが悪かった。どうか戻ってきてくれ>」
「素直に謝るなんて、医者には出来ない芸当だぜ・・・う!」
ガチャ、と電話が出た。
『はい・・・』放心状態のトシキだった。
「お!こんばんは!」
『・・・・・・』
無音状態だ。
「ちょ、調子悪いのか?」
『・・・・・・』
「今日は救急がたくさん入ってな。アパムの手も借りたいぐらい忙しかった」
『・・・・・・』
「もしもし?もしもーし!」
事務長は僕の後ろであちこち歩いていた。落ち着きがない。
「あのな、トシキ。例の1件はな。ま、すまんかった。父さんもな、ああいう経験はある。理解はしている。男の子だもんなあはは!」
『・・・・・・』
「俺はな、別に悪気はないんだよ。お前に恨みはないし」
『・・・・・・』
ダメだ。こういうのは苦手だ。返事がなく自分が喋ってるだけだ。
「な・・なんか言えよ。トシキ先生」
『・・・・・・』
「明日は来いよ。患者の引継ぎもしたいし」
『・・・・・・』
「おい!いつまで黙ってんだよ!なにか!しゃ!べ!れ!」
『い・・・・』
たしかに、何かは喋った。
事務長が後ろからささやく。
「医長先生。代わって代わって」
「はあ?ほらよ」
事務長は仕方ないな、という表情で受話器を持った。
「あのですね先生。医長先生もこのように反省しておりまして」
「なっ?おい」
「ええ。私のほうからガツン、と言っときましたから!暴力?いやそこまでは・・・殴りましょうか?あ、いいですか。はいはい」
「事務長も大変だな・・・」
「シッ!いえいえ。ちょっとネズミがいまして。ええ・・・・・今日の救急もね。そらもう大変でしたが。医長先生がもう泣きわめいて失禁して。<トシキ先生なしでは俺たち、やっていけない以下同文>って」
「なにが<以下同文>だよ!作るな!」
「私もねえ、彼らだけではどうしようもないんですよ。人として」
「なにが<人として>だよ。スカポン!」
「・・・あ、そうですか!そうでございますか!ありがとうございます!あり・・・あれ?」
どうやら、切られたようだ。
「切られたか。でも、明日は来てくれるみたいです」
「脚色しすぎでないか?」
「結果よければすべてよし、です」
「さすが事務職だな・・・お前はやっぱ<孔明>だよ。策士だな」
「褒められているのか、けなされてるのか・・・」
「皮肉だよ」
事務長はコーヒーを飲んで、流しに戻して洗い始めた。
妙な間があった。
「医長先生。お忙しいのは分かるんですが」
「ほうら始まったぞ」
「いえいえ。どうか聞いていただきたい」
事務長は後ろ向きで、残った洗い物まで洗い始めた。
「どうしたんですか先生?ここ最近、先生が凶暴だとの噂がたえないのは」
「そうかなあ・・?」
「怖いらしいですよ。詰所も、弥生先生も。彼女さっき、医局で泣いてました」
「怖いってか。でも彼らはオレが怒った・・・その理由まで考えてるのかな?」
「いや、内容は間違ってないそうなんです」
「あ、あのな・・・」
「ですがその。医長先生もおっしゃってたじゃないですか。<今の子らは怒っても黙るだけ>だって」
「それで優しくでもして、患者が死んだらどうするよ?」
事務長の手が止まった。
「医長先生。ただ、職場の雰囲気をもうちょっと考えて」
「お前に言われるとは、思わなかったな」
「あの教訓ですよ。イッツトゥルー、バットの表現。認めて諭す。それが指導者のマネージメントでして」
「そりゃ、俺だって人には優しくしたいよ」
「では、してあげてください」
「なぬ?」
「身近な人から!」
事務長は上にある布で手を拭いた。
「事務長。それ、そうじのオバちゃんが使ってるぞうきんだよ」
「ひっ!」
事務長の遠まわしはすぐ分かる。まずは・・・近くの弥生先生に謝って来いということだ。
「じゃ、しゃあないか。弥生先生はもう帰ったかな・・」
「医局におられます」
「ちっ。なんで俺だけ、あやまってばかりなんだよ・・・」
「頼みますよ先生。みんなが気にしていることなんです」
担任の先生のような気持ちで、廊下へと出た。
「中学生日記かよ・・・」
みんなも言い過ぎたと思ったら、フォローはしておこう。
たとえそれが、正しいことでもな・・・。
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