サンダル医長 金曜日 ? 不可解
2006年10月18日 無限に拡がる、医師過剰大都市群。そこには、様々な医者が満ち溢れていた。
大学に残る者、検診だけでおいしく稼ぐ専業女医、地方に根ざすはずが痴呆に根ざした開業医・・・。
関西ではこの頃から病院間での競争、貧富差が増加し、まさに弱肉強食の時代を迎えていた。
僕らの総合病院「真田会」が「真珠会」と敵対し始めた日々。それでもバブリーな黄金時代は続いていた。
病院経営が安定していた中、僕らは日々診療に追われていた。
金曜日。
「うっ?はっ?」
胸騒ぎで目覚めた朝。
起き上がりかけた体を、またゆっくりとベッド・・いや、ソファにしずめる。
「いたたた・・いったん起きたのに、また寝てしまったんだ」
腰が痛かった。ここ数日かなり忙しく、ストレスも多かった。これも年なのか・・・。
僕は天井に向かって両手を伸ばした。
「よ・・・・いしょっと!」
ガバッ、と上半身を起こす。すかさず、耳もとの携帯電話を見る。
耳を澄ますと・・・近くでウイーン、と聞こえる掃除機音。
「そ、そっか。ここは・・・医局だった!」
周囲を見回すと、誰もいない。掃除機は廊下のほうから聞こえている。
時計は朝9時を回っていた。医局員はすでに到着し、各自持ち場へと向かっている。
ということは・・・
寝顔を見られた。
まあそれはいいとして。
そうだ。彼女の寝顔・・あの寝顔。見てはいけないものを・・・・・。
僕は反射的にベッドから飛び出し、ズボンを勢い良くはいた。
「ス、スレッガーさん!こええ!こええよ!」
近くの手洗いで、顔を洗う。今日は外来があるはずだ。ひょっとしたらこの病院で、最後の外来。
睡眠不足は続いていた。医局なんかで寝て、十分な睡眠が取れたはずがない。
何食わぬ顔で、廊下に出る。
エレベーターは・・・リハビリ患者が使い始めて満杯状態のようだ。ぜんぜん動かない。
「じゃ、階段で・・・」
いつものように、手すりにジャンプ。スル〜、とゆっくり降りるが・・
「わっ!たっ!」
肘乗せが足りなかったのか、中途でバランスを崩した。
「ぎっ!ごっ!」
そのまま体制は崩れ、顔面をまともに手すりにぶつけた。
「ばっ!ぼっ!」
ビンタで叩かれたような感覚で、そのまま詰所前に倒れた。打ち所が悪かったら、死んでいた。
「くぅ〜・・・」
ゆっくり起き上がり、すりむいた顔を確認。鼻血少々、擦り傷4箇所。
「ててて・・・」
腰を押さえながら、詰所に入る。
「おっとと、ここじゃなかった。外来に降りないと!」
「あ。来た」
もう遅かった。
「申し送りが、鬼のようにあります」
「外来があるんだ。できればあとで・・」
そう言ってる間にドアが閉められ、イスに座らされた。
案の定、外来からPHSが鳴る。
「もしもし?もうちょっとしたら行くから」
『キー!キー!』
あの男か・・・。
「検査の人がいたら、とりあえず行っといて。重症がいるならもう1人の外来に」
『キッキー!キッキー!ラザー!ガチャ(切)』
「もし・・・朝からハイだな」
リーダーの中年ナース、澪が上からじっと睨む。
「いいですか。始めますよ。トシキ先生の分も」
「なに?今日もあいつ、休みなのか?」
「整備がまだ終わってないって・・あ」
「せいび?なんの整備だ?」
「しまった・・・」
「おいおい。何を隠してるんだ?整備?車の整備?車検?」
「なんでもありません」
彼女は開き直った。
「では申し送りです。昨日の朝に入院しました、心不全のおばあちゃん。胸部レントゲンはそこです」
「・・・ああ、あの並んでる2枚な。徐々に水はひいてるな」
「ふだん飲んでる薬はどうするんですか」
「ふだん飲んでる薬・・・」
「よその病院から16種類も出てたんですが」
「・・・中止してるのか?」
「え?だって、昨日ユウキ先生からはそれに関してコメントないし」
「俺が書かなかったからじゃなくて。その日に確認するだろふつう?」
「さあ」
さあ、って・・・。
「澪さん。困るよ。内服の内訳をみると・・・抗けいれん薬とか入ってるし。中止している間に発作でも起こったら」
「さあ。それは主治医に責任があるんじゃないんですか?」
「な・・?ど、どしたんだよ?」
彼女は目に涙をためたまま、鬼のような表情だった。
「どしたんだよ?変だぞ。今日は・・・」
「なんでもありません!人工呼吸器の小川さん、高熱いまだに続いてます!抗生剤の変更はいいんですか?」
「昨日したとこだ。判定はまだ早すぎる」
「48歳、心筋梗塞。期外収縮は減ってます」
「減ってるって、どのくらい・・」
彼女は、数珠状に記録したモニター画面のコピー・・を丸めたものを僕に手渡した。
「自分で確認を」
「ホータイくらいに巻いてあるな・・・なんでここまでするかな」
すると澪さんは、持っていた大きな重症板を、バン!と机にたたきつけた。
「な?おい!」
彼女はそのまま、ズンズンと廊下、階段まで歩いていった。
呆然と見送る。
「なんだ、あれ・・・?」
「ふげ?」またもやボケボケの中野おばさんナースがゆっくり立ち上がった。
「中野さん、今日も日勤か?」
「あれ?リーダー、逃げたんか?」
「逃げたというか、いきなり走って行ったんだよ。下痢でもしたのかな・・・」
「ほうほう!おっほっほ!」
「なにがおかしい?」
「ユウキ先生がはは、何かまたしでかしてんねん!」
「してないよ!」
「きいっひっひっひ!」
間の悪いことに、師長が現れた。
「医長先生。リーダーが顔真っ赤にして走ってましたけど!怒るのにも度がすぎるのでは?」
「俺は何も・・・」
「それに、顔が汚い!」
「こ、これはさっき階段から落ちて!」
「ものすごく速かったですよ!顔が汚くて怖すぎて、それで逃げられたんとちがうの?うおっほほ!」
「(ナースやヘルパー一同)うおっほほほほ!」
理由にはホントに覚えがなく、しばらく天井を見た。
「さあ・・・もう秋だし」
「?」
「マラソン大会の練習じゃないかな・・・」
申し送りの続きは、重症板などの手書きから読み取った。
大学に残る者、検診だけでおいしく稼ぐ専業女医、地方に根ざすはずが痴呆に根ざした開業医・・・。
関西ではこの頃から病院間での競争、貧富差が増加し、まさに弱肉強食の時代を迎えていた。
僕らの総合病院「真田会」が「真珠会」と敵対し始めた日々。それでもバブリーな黄金時代は続いていた。
病院経営が安定していた中、僕らは日々診療に追われていた。
金曜日。
「うっ?はっ?」
胸騒ぎで目覚めた朝。
起き上がりかけた体を、またゆっくりとベッド・・いや、ソファにしずめる。
「いたたた・・いったん起きたのに、また寝てしまったんだ」
腰が痛かった。ここ数日かなり忙しく、ストレスも多かった。これも年なのか・・・。
僕は天井に向かって両手を伸ばした。
「よ・・・・いしょっと!」
ガバッ、と上半身を起こす。すかさず、耳もとの携帯電話を見る。
耳を澄ますと・・・近くでウイーン、と聞こえる掃除機音。
「そ、そっか。ここは・・・医局だった!」
周囲を見回すと、誰もいない。掃除機は廊下のほうから聞こえている。
時計は朝9時を回っていた。医局員はすでに到着し、各自持ち場へと向かっている。
ということは・・・
寝顔を見られた。
まあそれはいいとして。
そうだ。彼女の寝顔・・あの寝顔。見てはいけないものを・・・・・。
僕は反射的にベッドから飛び出し、ズボンを勢い良くはいた。
「ス、スレッガーさん!こええ!こええよ!」
近くの手洗いで、顔を洗う。今日は外来があるはずだ。ひょっとしたらこの病院で、最後の外来。
睡眠不足は続いていた。医局なんかで寝て、十分な睡眠が取れたはずがない。
何食わぬ顔で、廊下に出る。
エレベーターは・・・リハビリ患者が使い始めて満杯状態のようだ。ぜんぜん動かない。
「じゃ、階段で・・・」
いつものように、手すりにジャンプ。スル〜、とゆっくり降りるが・・
「わっ!たっ!」
肘乗せが足りなかったのか、中途でバランスを崩した。
「ぎっ!ごっ!」
そのまま体制は崩れ、顔面をまともに手すりにぶつけた。
「ばっ!ぼっ!」
ビンタで叩かれたような感覚で、そのまま詰所前に倒れた。打ち所が悪かったら、死んでいた。
「くぅ〜・・・」
ゆっくり起き上がり、すりむいた顔を確認。鼻血少々、擦り傷4箇所。
「ててて・・・」
腰を押さえながら、詰所に入る。
「おっとと、ここじゃなかった。外来に降りないと!」
「あ。来た」
もう遅かった。
「申し送りが、鬼のようにあります」
「外来があるんだ。できればあとで・・」
そう言ってる間にドアが閉められ、イスに座らされた。
案の定、外来からPHSが鳴る。
「もしもし?もうちょっとしたら行くから」
『キー!キー!』
あの男か・・・。
「検査の人がいたら、とりあえず行っといて。重症がいるならもう1人の外来に」
『キッキー!キッキー!ラザー!ガチャ(切)』
「もし・・・朝からハイだな」
リーダーの中年ナース、澪が上からじっと睨む。
「いいですか。始めますよ。トシキ先生の分も」
「なに?今日もあいつ、休みなのか?」
「整備がまだ終わってないって・・あ」
「せいび?なんの整備だ?」
「しまった・・・」
「おいおい。何を隠してるんだ?整備?車の整備?車検?」
「なんでもありません」
彼女は開き直った。
「では申し送りです。昨日の朝に入院しました、心不全のおばあちゃん。胸部レントゲンはそこです」
「・・・ああ、あの並んでる2枚な。徐々に水はひいてるな」
「ふだん飲んでる薬はどうするんですか」
「ふだん飲んでる薬・・・」
「よその病院から16種類も出てたんですが」
「・・・中止してるのか?」
「え?だって、昨日ユウキ先生からはそれに関してコメントないし」
「俺が書かなかったからじゃなくて。その日に確認するだろふつう?」
「さあ」
さあ、って・・・。
「澪さん。困るよ。内服の内訳をみると・・・抗けいれん薬とか入ってるし。中止している間に発作でも起こったら」
「さあ。それは主治医に責任があるんじゃないんですか?」
「な・・?ど、どしたんだよ?」
彼女は目に涙をためたまま、鬼のような表情だった。
「どしたんだよ?変だぞ。今日は・・・」
「なんでもありません!人工呼吸器の小川さん、高熱いまだに続いてます!抗生剤の変更はいいんですか?」
「昨日したとこだ。判定はまだ早すぎる」
「48歳、心筋梗塞。期外収縮は減ってます」
「減ってるって、どのくらい・・」
彼女は、数珠状に記録したモニター画面のコピー・・を丸めたものを僕に手渡した。
「自分で確認を」
「ホータイくらいに巻いてあるな・・・なんでここまでするかな」
すると澪さんは、持っていた大きな重症板を、バン!と机にたたきつけた。
「な?おい!」
彼女はそのまま、ズンズンと廊下、階段まで歩いていった。
呆然と見送る。
「なんだ、あれ・・・?」
「ふげ?」またもやボケボケの中野おばさんナースがゆっくり立ち上がった。
「中野さん、今日も日勤か?」
「あれ?リーダー、逃げたんか?」
「逃げたというか、いきなり走って行ったんだよ。下痢でもしたのかな・・・」
「ほうほう!おっほっほ!」
「なにがおかしい?」
「ユウキ先生がはは、何かまたしでかしてんねん!」
「してないよ!」
「きいっひっひっひ!」
間の悪いことに、師長が現れた。
「医長先生。リーダーが顔真っ赤にして走ってましたけど!怒るのにも度がすぎるのでは?」
「俺は何も・・・」
「それに、顔が汚い!」
「こ、これはさっき階段から落ちて!」
「ものすごく速かったですよ!顔が汚くて怖すぎて、それで逃げられたんとちがうの?うおっほほ!」
「(ナースやヘルパー一同)うおっほほほほ!」
理由にはホントに覚えがなく、しばらく天井を見た。
「さあ・・・もう秋だし」
「?」
「マラソン大会の練習じゃないかな・・・」
申し送りの続きは、重症板などの手書きから読み取った。
コメント