スーパーでスーハー!していた男性。
喘息発作がまだ完全におさまらず。

「なあ先生!この前。みたで!」
「僕を?」
「スーパーでなんやら、説明しよったやんか」
「ああ、あれか。あれは食事指導というやつで」
「なあ先生!ヒー。なんかまだスッキリせんねんな。もっとキツイのやってえな!ヒー」
「安静にしてた?」
「いや。してませーんヒー!」

彼に反省の余地などなかった。

「あれほど言ってたのに・・」
「ダメダメ。仕事は遅いし、飲み会に睡眠不足ヒー、薬は飲むの忘れるしヒー・・」
「わざと悪くなってんのか?」
「へへへ。まあまあ、ええやんかヒー」

酸素飽和度92%。おしゃべりもこれくらいにせんとな・・。

「仕方がない。点滴しよう」
「キツイのやってよ!思いっきりキツイやつ!これで死ぬんちゃうかって思うくらいキツイやつ!」
「そんなもん、ないって・・・!」

懲りない人だ・・・。しかしこういう人は大勢いる。
確かに、ふだんの生活を犠牲にしてまで病気の治療を優先するなど無責任な助言かもしれない。
しかし、病状が悪化してからの治療というのは、倍以上?の時間と永久の後悔がつきまとうのだ。

たとえば・・君が電気ポットのお湯がカラなのにそのまま水を入れず、そのまま放置して。
あとになってお湯を入れようとしても、ポットのヒューズが飛んでいて使い物にならなくなったら。
後悔しても遅い。

明日の自分に感謝される、そういう人間を目指そう。と言ってもダメか。

自分が実行できてないもんなあ・・・。

事務長が、深刻な表情で横を通り過ぎた。今まで見たことがない。

「おい事務長!」
「っと!それと!」携帯で話している。
「なんだアイツ・・・」

向こうを覗こうとすると、看護士の顔が邪魔する。

「なんだよ。そんな顔、見せるな」
「先生先生!今日は楽しい送別会!」
「いきなりなんだよ?」

すると向こうから、真吾の声が聞こえた。
「おう、そうだそうだ!送別会というか、壮行会だよな!」
「オレのために?」

真吾はイスを後ろ向きにサーッ、とスライドしてきた。

「これまで医長ご苦労さん、っていう意味と、奈良での活躍を祝して!」
「医長ご苦労さんっておい・・まだ1、2・・・5日しかしてねえよ」
「今のうち、気持ちを伝えとけよ。彼女に!」
「か・・・弥生先生のことかそれ?お前ら、彼女が・・・」
「照れるな照れるな!」
「知ってたんだろ?俺らよりはるかに年上で・・・!」
「やっと気づいたか。お前の大学医局では有名な話のようだよ。ま、年の差くらい、気にするな!」
「気にするわ!」

看護士にイスを引っ張られ、次の患者。

68歳男性、心房細動でワーファリン内服中の酒屋さん。火曜日に腹部超音波を施行した。

「ようやく、食道エコーを受けていただける気持ちに?」
「いやいや、あれはダメダメ。うけつけれん」
「へ?ならなんで今日、さっそく・・・」
「いやいや。先生がな、せっかく医長になられたのに、いきなりクビになってよそに飛ばされるって聞いたもんでなからして」
「言葉を選んでないな・・ま、そんなとこです」
「でな、でな。今日は壮行会やと小耳に挟んでな」

酒屋は、酒瓶が数本入った買い物袋をチリンチリン、と少し持ち上げた。
差し入れか・・。

「どうも、すみませんね。わざわざ・・」
「ちゃうちゃう!有料有料!」オッサンは真顔になった。
「出します出します。そんなムキにならんでも。なんでしたらツケで。あの男に・・」

近くをまた走ってきた事務長を指差した。
しかしまたダッシュで近づき、遠ざかっていく。
「もしもし!ええ!そこはぬかりなく!」

「おい!事務長!品川!孔明!スケベ!」
いろいろで呼んだが、無視された。

「でも・・・打ち上げは病院の中で?」
「わしは、裏の託児所の運動場って聞いたで?」オッサンは立ち上がった。
「キャンプでもするんですか?なあおい?会食程度にしようよ!」
横の看護士の方を向いた。

すると、看護士はすでに心そこにあらずだった。
「へいへいへい!キャンプだキャンプだ楽しいな!」
また腰をカクカクと動かしている。

「この男、いちいちうっとうしいな・・・」

ハッと積み上がったカルテに気づき、加速装置を始動した(歯をかみ合わせる)。

40歳男性、慢性気管支炎。
「すみません。いきなりの退職で!」「急いでまんなあ」「また申し送っておきますんで!はい!」「おおきに」
64歳女性。自律神経失調症。
「すみません。いきなりの退職で!」「今日はなんか胸がチクチクするような・・」「異常なし!(聴診終了)」「チクチクというか、ハクハクするというか」「お元気で!」
90歳女性。腰椎圧迫骨折、脳梗塞後遺症。
「すみません。いきなりの退職で!」「は?かいしょく?」「あとでね!キャッチユーレイター!(←「ブルーサンダー」)」
52歳男性。不安定狭心症でステント挿入後。
「すみません。いきなりの退職で!」「ほう?どちらへ?」「奈良です!」「そら、ちょっと遠いわなあ!」「カムウィヅミー?=ついてくるか?(とは言ってない言ってない)」
70代の高貴な夫婦。
「すみません退職で!」「わしらな先生。老後のクルーズに行く予定でんねん。船の名前は・・」「アスカー!」

「はあはあ!水!水!」机の上のコップを飲み干す。看護士が驚く。
「へいへい!それ舌圧子(ぜつあつし)の入ってたヤツ!」
「ぐばあ!ぺっぺっ!」

ふと見上げると、強敵が入ってきた。

98歳男性。肺気腫に狭心症に糖尿病。マスコット的存在で、最後に痰を飛ばしてくる、あのじいさんだ。

「いやあ、変わりはないんだが、年なんだなあ。これが」
「き、来たか・・確かに年だが。いやいや。実は!退職になりまして!」
「うん。まあ、人生いろいろだよ!」
「タバコも酒もやっとるね?」
「よう分かりましたなあ!ビックリや!」

同じことを繰り返して喋る、このじいさんの行く末が心配だ。独歩できていて表面上は自立しているため、介護の対象にされていない。

「カカ。痰出んな。あの世で待っとるバアサンが寂しがっとる!ゲホゲホ」
「あの・・痰はできたらそこのゴミ箱に」
「ゴミ箱に?そんなのしたら、ゴミ箱の神様が怒る」
「・・・・・」
「神様はどこにでもおるんやで先生。ゴミ箱にトイレ、そこの机、イス・・ところでなあ先生。明日の朝、もし・・」
「大丈夫ですって。生きてます。僕よりマシですよ、少なくとも」
「せやな。クビにされて、生き地獄におるよりはマシかいな?」
「ななっ?くっ・・・!」

そのとき、まさに油断していた。気づいたときには、じいさんは口を開けていた。

「カペッ!」痰だ。カア、ペッの二段階は省略されていた。
「うおっ!」机の上を探すが、取るのは間に合わない。その痰は・・僕のグレーのズボンの股間の上に落ちた。

 それでも痰の色(白)は見逃さなかった。

「ああっ!よりによってこんなところに!」
「ん?」じいさんが覗き込んだ。
「くそっ!手洗い用のタオルで拭いても・・・ああっ、よけい濡れた!」
「どっちが年寄りか、分かりませんなあ」

股はこれまでになく、真っ黒に濡れていた。パンツにまで浸透してきて冷たい。

「い、いったんこれで!お大事に!」

駆け足で事務室へとなだれ込んだ。

さらに奥の事務長室へ、息切れしながらなだれ込む。
「すまんが、ここでパンツになるぞ!」
窓際では、事務長がサッシをいじりながら電話をしている。

「もしもし?誰なんでしょうか?それさえ分かれば・・・」
事務長の肩はこれまでになく真剣そうだった。
「もしもし?狙われるってことは・・・ありえますか。そうですか・・・うわっ!」

事務長はパンツ姿の僕に気づき、携帯を落とした。
「なな!おなにしてるんですか!いや!なにをしてるんですか!」
「み、見りゃ分かるだろ・・・」

濡れたズボンを、扇風機の上にかぶせて<強風>であおっていた。

事務長はとっさに電話を切った。
「い、今の会話。どこまで・・・」
「知るかよ。それより、お前のズボン貸せ!」
「私のを?」
「外来業務を優先したいだろ?貸せって!」

事務長のズボンを引っ張った。

「きゃあああああ!」
入ってきた女事務員が、恐怖で盆の茶をこぼした。

 トランクス姿で慌てた僕は、何か言わないとと思い、浮かんだ言葉を衝動的に繰り返した。

「ちゃうちゃうちゃう!これグンゼじゃないだろグンゼじゃない!」

 全く関係のない言葉だった。

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