結局は白衣のボタンを全部つなぎ合わせ、股間を隠すことにした。

 以上の理由により、医療費がべらぼうに高額となりましたが・・・

「いずれも必要な処置であったものと思います以下同文!だあっ!」

事務長室出口から両膝屈曲からズドーン、と事務室に躍り出た。

「飛ばすぞ!」
外来に腰掛ける。

81歳女性、狭心症などで高度難聴、車いすでヘルパーつき。
「退職になりまして!」「あんた(ヘルパー)、よう聞いといてえな」「変わりないな」
ヘルパーが日誌を読み上げる。このヘルパーも話が・・
「では報告します!まず2週間前の1日目!」「あの、要点だけ」「食欲は良好!便はコブシ大が2回!」「その表現、分かりやすすぎ・・」「ウサギのフン程度が3回!」「見たことないから分からん・・」「2日目!」「すみませんが、要点だけ・・」「目立ったものはありませんでしたが!」「」あ、そっか。ならいつもどおりで処方を」「3日前、テーブルの角に頭をぶつけました」「はよ言うんだよはよう!CTCT!」

30歳男性、不安神経症。当科では長い間<不整脈>で診察されていたが、所見が特になくこの病名になった。
「退職になりまして!」「うん。さっき外で聞いて。そしたら動悸が」「う・・・診察では・・ま、問題なさそう」「どうしようか・・・先生がいなくなる。いなくなる」「暗示せんでええって!」

48歳の外国人男性で肺炎・・だった人、マイケルさん。金髪。
「タイショークーニー、ナリーマシテ」「ホンマデッカ?」彼はすでに関西人と化していた。
「シゴトノフッキハモーOKネー!アイアムサム!」
「デハ、シンダンシヨー!」
「え?診断?診断はだからその、肺炎・・・」

すると横の看護士が流暢な英語で何やら・・説明しだした。
「Will you ・・・・(そこしか聞き取れず) ?」
「ノーノー!(やはりそこまでしか分からず)・・・・・」

(通常の民間病院の)医者になるのに、高度な英語は要らぬ・・・!論文読みには役立つが。

看護士が僕に説明。
「アイシンク・・!」
「オレは日本人!」
「診断書をほしいって!明日から就労可能だという内容で!」
「まさか、英語でか?」
「モチ!」
「困ったな・・・では。ダイアグノーシス(診断名)、ニューモニア(肺炎)。ユーキャン、ウォーク、トゥモロウ・・いやいや。日付・・と。これでいいのか?」
時間がなく、そのような内容で済ました。

73歳女性、杖歩行。
「退職になりまして!あれ?受診はもう2年前・・」「あ、今日は病気で来たんじゃなくてねえ、へへ」「その包みは・・・」「お菓子でんねん。間に合わせでごめんよ」
ばあさんは、大きな包みの入った袋を診察の机の上に置いた。近くの看護士やオークらが狙っているのは息遣いで分かる。

「ばあさんは、2年前にペースメーカーをここで入れて近くの診療所で」
「せやせや。あんたはそのときの主治医でんがな。よう覚えておいてくれたなあ」実は全く覚えていなかった。
「以後は調子は・・・」
「あのあと、診療所を転々としましてなあ」
「今はどこに?」
「あんたの<先輩>っていう先生にめぐり合ったんや」
「へえ。僕の先輩って・・・そう称してる人の名は?」
「誰だっけな・・」
「そこまで言うてか!」

看護士が患者に近づいた。
「松田クリニックよねえ!たぶん!ばあちゃん!」
「ああ!せやせや!」

僕はいつものように不快になった。
「うっそ・・あそこなのか。でも看護士。よく分かったな」
「へいへい!袋の店の名前がそのクリニックの近くで!」
「やっぱお前、チェックしてたんだな・・・」

ばあさんは、妙な細長い教本を取り出した。呪文のようなものが羅列してる。
この本はたしか・・・。

「へへ。これをな、ユウキ先生に見せてあげろって」
「今日?」
「いんや。もう2週間くらい前にな。ユウキ先生が辞められるって松田先生が」
「2週間前?僕の転勤が決まったのが1週間前ですよ?」
「で、でもそう聞いたわけやし・・・」

ばあさんが渡そうとした教本を、僕はそのまま返した。
「自分は、その宗教はやってません」
「信者やって聞いたけど。わしらと同じ」
「ばあさん、入ったの・・・」
「入信しただけやで。そしたら診察の順番待ちが早くなる」
「どある・・・!とにかく自分は違いますよ!」

 松田先生のクリニックははやってはいたが、その影には宗教団体としての一面もあった。

ばあさんは新聞を取り出した。

「これは以前の新聞やけどな。先生の名前が・・」
「うそ!どこに!」

すると・・・確かにあった。自分の名前が。受験の合格のときのような感動、がするわけがない。

「クソ・・・!あいつ!」
「便はよう出るんですわ」
「そういや、ちょっと関わっただけですぐに信者にされるって聞いてたな」

ばあさんは教本を置いたまま、ゆっくり出て行った。

 ふと気がつくと、近くでオークが3人立っている。外来オークらは比較的高齢で、別名<美女軍団>と呼ばれていた。

「ユウキ先生。それ、やっぱ持って帰るんかいなブヒブヒ」うち1人が核心を突く。
「どうやら中身はチーズケーキみたいだな。直径は40センチはあるんじゃないか?」
「(オーク3人)ブヒブヒ、ちょうだいちょうだい!」
「これはオレも好きだから、ちょっと欲しいな。休憩室は人が多いし・・・オレの車のとこで、分けるか!」
「(いつの間にかオーク7人)ブヒブヒ!賛成!」

駐車場に面した事務所出口で振り返った。
「事務員の誰か。ナイフある?」
「誰を刺すんですか?」田中くんが、引き出しからナイフを出した。マクドナルドでもらう安全なヤツだ。
「バトルロワイヤル、というわけじゃないんだが・・・もらうよ!」

出て行こうとした僕を、さらに田中君が引きとめた。
「先生!」挙手。
「あ?」
「なんでこんなバカなことばっかするんですか?」

 なるほどこの男。ウケ狙いのセリフだな・・・!
僕は期待通りのセリフを放った。

「お前らのせいだよ!」

 田中君は満足げに微笑み、僕は駐車場の車のトランクを開けた。住み着いてる猫が1匹。食い物のヨカンがしましたか、ヨカンがしましたか。

「おう。お前にもやるぞ。少し・・」

 すると、別の出口からオークらが白衣のまま2列編隊でザッザッザッ・・と走ってきた。

「おいおい!なんでそんなにいるんだよ!」少なくとも20人いる。リハビリ技師、栄養士も混じる。
「ブヒブヒ、先生の分け前減ってまうな!」うちの1人がトランクを覗き込んだ。
「も、もうええわ。君らで勝手に・・うわ!」

とたん、オークの尻で跳ね飛ばされた。彼らは一斉にトランクへと飛びかかり・・・車が上下に揺れ始めた。

「おいおい!車に傷、つけるな!」
注意も届かず、オーク2人は車の天井に乗っかった。3人ほどが地面に転倒した。ものすごい戦いを見ているようだ。

猫と僕は呆然とするばかりだった。

すぐにその集団は散会し、僕は地面に這いつくばったままだった。まるで尾崎のように・・・。

「ひい、ひい。猫さん、すみません。♪おいらのため〜にクッキーを〜。や〜いて〜くれえ・・・」

猫はプイッ、と未練もなく駐車場を横切っていった。

「♪やや、や〜いて〜くれ〜・・くく・・・!」

自炊もできない自分が焼けるものといえば・・・

<焼きもち>くらいだった。

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