「ぎゃあああ!」と叫んだのは、テーブルの上の僕ではない。
オークの1人が、何やら両手をオペ前のように挙げて叫んでいるのだ。
いい年こいた、一応<女>が・・・!

「ぎええ!こいつ、ションベンしとる!ションベン!」
「ショーン・ペン・・・?」覚えがなく、顎を上げた。
「ぎゃあ!わし、手洗いに行ってくる!ぎゃあああ!」
「あ。ホントだ・・・」

実は酔いすぎてか、気づかなかった。
「やや、やべえ!」
尿びたしになったテーブルから、僕を含め皆が散らばった。

僕の体は砂にまみれ、ダンスするように叩き落した。
「ぺっぺ!ぺっぺ!ヒカルいっぺえ!」

オークらは・・・近くの水のみ場で列を作っていた。
手を洗うためである。
「と、とにかく窮地は救われたな・・・!」

すぐ目の前では、オークの下っ端1人がタッパーをまとめて黒いゴミ袋にしまっていた。
「ブヒブヒ。これでよしと」
「オレ、まだ肉食ってないんだよ」
「これで5袋目・・」
「おい!これで5袋目とはなんだ!5袋目とは!」
「ブヒブヒ。先生だって日ごろ、楽しんどるやないか。ブヒブヒ」
「うっ?」
「MRらと食い歩いてるってな。寿司にステーキ、豆腐料理。壁に耳あり、ジョージにメアリーやで先生。」
「な、なに・・・」

バッと腕をめくると、鳥肌が。

「待て待て。それ以上言うな。寒いことを・・・」
「冗談はヨシコちゃんやで。ブヒブヒ」
「やめろ!これ見ろこれ!ブルブル」

鳥肌が全身に拡がってきた。

オークは5袋目をリヤカーに積んだ。
「ブヒブヒ。これでおあいこやな」
「お、オレらはMRとの交流のために行ってるんであって・・・」
「ブヒブヒ。男同士で交流するわけなかろうが」
「いや、そのあとクラブに引き続き・・あっ!」
「ブヒブヒ。やっぱ思ったとおりや!」
「・・・・・」
「差し入れとかしてくれてたら、わしらもこんなことはせんブヒブヒ」
「差し入れは、時々してただろ・・?」
「お菓子やたこ焼きはな。ブヒブヒ」
「いけないか?」
「一般病棟はいつもタコヤキ12個入り。うちはいつも6個入り」
「うっ・・・」
「夜勤の人数、それぞれ2人で同じやで。なんでうちだけ6個なんやと思って泣いたブヒブヒ」
「な、泣かんでも・・・」
「ブヒブヒ。とにかく、このタッパーの件は言わぬこと」

オークは、リヤカーを筋肉モリモリで運んでいった。
「どかんかどかんか!」
後ろ、ナースやヘルパーが何人か蹴飛ばされた。オークらはかなり年配であり、謝る気配はない。

「それにしても・・・」
股もそうだが、尻がかなり濡れていた。
「暗いからいいものの。イスにはちょっと座れんよなあ・・・な!」

ちょうど、漁りにきた小さい犬が僕を見上げていた。
「なあ!座れんよ!なあ!ヒック!」

その犬から、かすかな声が聞こえた。

『ガルルルルルル・・・・!』

「ひ、ひい・・・」
あたらずさわらずで、次のテーブルへ。もう一通り声かけだけして、帰ろう。
ちょっと落ち着いた感じのテーブルに8人ほど。
検査技師、レントゲン技師、事務員の中堅どころ、売店のおばちゃん・・・。
各部署のヘッドばかりだ。一番の大物たちは、次の最後のテーブルにいる。

「よう先生!飲んでるか!」検査技師のゴマちゃんが瓶を差し出した。
「お、おれもう、フラフラだよ・・・」
「なあにを!甘えたこと言うてる!そら!」
コップに無理やり、注ぎ込む。

「なあ先生!奈良の準備はできましたか!おい!」
「な、なら・・。うん」
「おいおい!元気がないがな!ここここ!ここ座れ!」
「ちょ、ちょっと今座るのは・・・!」

無理やり座らされたのは・・・皆が厄介者呼ばわりしている薬局長の中年女性。
ほら、この前ウナギ弁当を膝に隠した・・はいはい!そうその人!

「こ、こんばんは」
「うい〜!おっ!まだいたんかいな!」飲み屋の主人のような女性。飲むといっそう豪快に。
「今までお世話になりました」
「今までお世話をやりました!はっはは!」

ゴマちゃんの野郎・・・。それでこんなとこに座らせるとは。抜け目がない野郎だ。
しかし飲み会ではよくある。

「真珠会は、これからも患者を送ってくるのかな・・」レントゲン技師のじいさんが呟いた。
「そういや、今日は来てないね」
「いやな。ああも急に患者を送って来られたら・・・わしらは全力を注ぐが、待ちの患者に迷惑がかかるだろう?」
「だね・・」
「それだけでない。夜間にそんな救急が今後もきたら、他の部署だって。検査室はもちろん、病棟の看護師さん・・・」
「大変だと思うよ。これから・・」
「事務長は、真珠会と交渉するとかなんとかぬかしているが・・・」
「そうなんですか?オレには全然」
「こちらも、ああそうですかと首を縦に振るわけにはいかん」

みな、首を何度も縦に振る。

「・・・そっか。みんな、すまんな」
「よろしく」じいさんはペコッと頭を下げた。自動的に僕は立ち上がった。
「じゃ。また明日」

歩きながら考えた。

「なるほど。じいさん、賢いな・・・」
僕が座って何の話かとよくよく振り返ってみれば・・・。つまりこうだ。彼らの話を事務長に伝えてくれってこと。そしてなんとかしてくれと。彼らが辞めるかもしれない危機感をもたせたて。そう考えると、さっきの中堅ナースの話も関係なくはない。
「みんな、うまいよな。生き方が・・・!」

こうやって何気なくメッセンジャーを送りつけ、各自の主張を押し通すプレーヤーは珍しくない。このやり方は効果的であるのだ。しかも善でも悪でもない。

「オレは、サイトカインか何かか・・・?」

 何やら、アラキドン酸カスケードとか凝固因子の経路を歩いているような・・・。

 目を下にやると、さっきの犬がまだガルル、と牙をむいている。噛まれる危険を察知し、ダッシュした。

「するとこいつは触媒か?サイトキャインキャイン!」

疑問を抱きつつ、最後のテーブルへ。

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