友人の家でお世話になった僕は、その新居のピカピカのドアを開けた。
「では・・どうもすんません」
「いえいえ。とうちゃんがいつも先生のことを」
「?」
「今まで友人らしい友人が、1人もいなかったもので」
「そ、そうでしょうか・・彼は皆から、よく好かれてて」ホントか?と思いながら先走る褒め言葉。
「ユウキ先生が、いろいろしてくださって、本当に助かると」
「いやいや、自分が彼を助けたことなんて!」

山ほどある。

「先生、奈良に行かれてもお体、壊さぬよう」
「ありがとうございます」
「それとこれ。傘を!」

見上げると、曇っている。
「し、しかし悪いです。傘まで・・」
「いえいえ。折りたたみですので!」

親切にも、傘まで持たせてくれた。

「それと、昨日の下着など・・」
「ああ、すんません!」立派なブランドの紙袋。
「お粗末な袋で」
「なな!なにをおっしゃいます!自分はいつもツタヤのオレンジ袋で・・」
「では。よろしゅう」
「はい。グンゼはまたお返しします!」
「?」

バタン、とドアは閉まった。一瞬だが・・・彼女の眉間にシワが寄った。

「さて・・・」

真吾より一足遅れて、タクシー券にて富田林から天王寺方面へ。1時間はかかるだろう。
タクシーの運転手は・・かなり喋る人だった。朝にはこたえる。

「さっきのタクシー券見たところ・・・どっかの会社の方でっか?」
「え?う、うん。まあ」
「サラリーマンは大変ですなあ!」
ハンドルを余裕で切りながら、勝ち誇ったような運転手。50代くらいか。

「サラリーマン・・確かにそうですね」
「こんな時間に出勤したら・・天王寺方面は10時前くらいちゃうの?」
「いえ。自分は転勤が目の前で・・・」
「左遷やな?」
「・・・かもしれませんね」敢えて、同意した。

車は渋滞に入った。

「なァお客さん。なんか、ええ話ないですか?」
「ええ話?」
「わしな、もうこの仕事やめたいねん。最初と話が違うねん」
「それは自分も・・そうでしたが」
「給料は規定どおりやけどな。ノルマがあんねん。この業界には。ヘタしたら自腹切らないかん」
「割に合わないですね・・・僕らもある意味そうですが」
「そうやろそうやろ?上の人間は、もう何考えてんねん!ああ、赤やった」
「うおっ?」

焦った・・・。タクシーはすでに交差点を突っ走っていた。

「でなお客さん。ご主人。上の人間はなァ、自分の個人の利益だけ出たらそれでええねん。政治家とかもそうやろ?会社やお国のため、ちゃうで」
「自分も、最近そう思うことが」
「下の人間がな、ヒイヒイ言おうと家族がどうなろうと知ったこっちゃないねん!」
「なんとか、儲ける工夫ってのは?」
「そりゃ、運だがね。アンタをこうして大阪市内に乗せて、そこで富田林行きを乗せたら無駄がないねん」
「見つけるのは難しいですよね」
「せや。昔はなァよかったんだけどなァ!こっちから客断って、仲間と路上駐車して宴会して!今日はああ、もうやめた〜っと!という具合にな!」

なんだ。この人。バブルの汁を吸ってるじゃないか。おもむろに。その1滴すら飲んでない僕には、何の感慨もなかった。
おそらく、その好景気というのは・・・みせかけだけの平和だったようだ。せめて心の準備すらできてなかった人間が、過去ばかりを語る。
そういう人間はゴメンだ。

「聞いてるんか?お客さん」
「え、ええ」
「お客さんとこも、いろいろ大変なんじゃろ?な?な?」
「詳細は話せませんが・・・ライバル企業が近所に進出してくるようなんです」
「チェーン店みたいな、でっかいのが?」
「はい。規模的には既にうちの負けでして。でも当院・・当企業は、単体でもそれに立ち向かっていこうと」
「あ、それもうやられとるわ」
「え?」
「やられとる」

渋滞を抜け出し、坂を降りまた登る。

「やられとるって。ご主人」
「なんで・・・」
「あんたんとこの会社が危ないって、下っ端のアンタが気づいてるんやで?末端に情報が来るってことは、事態が起こってかなり時間が経っとる」
「?」
「つまり上の人間がやな。もう次の脚本を作り上げてるってわけや」
「脚本ですか・・・方針を?」
「せや。上の人間の足場が固まったんや。わしの予測では、自分を助けるためにその大組織と取引するとかな」
「ど、どんな?」
「さあ。それは知らん」
「まさか、下の人間をリストラ・・・」
「ああ、多いわな。今。首きり」
「僕らの世界では、リストラっていう言葉は・・」
「は?辞書にはないか?ヘンな会社やなァ」

ようやく大阪市内に入った。自転車やバイクも増えてきた。
僕は痛む腰を直し、席を横にずらした。

「何か、水面下で行われてるかも、ですか」
「そりゃアンタ、そうだよ!青いねえ!」
「すでにブルーですよ。転勤先が僻地だし」
「あ、それもよくある!アンタひょっとしたら・・まあまあ実績あったほう、ちゃうの?」
「ある程度は・・・」
「それもよく、あんねん!おっとまた赤やった」
「ちょっと!」

今度はあちこちからクラクションが鳴らされた。

「へへ、ドンマイドンマイ!でな・・・どこまで話したかの?」
「僕に実績があるかって・・・ええ、そこそこは」
「今度は僻地で実績上げて、売り上げ伸ばせってことやろ。たぶん。そうすることで、2重も3重も働かすんや。血ヘド出るまで」
「ひええ・・・」
「辞めるようにも、辞めようがないわよな。今の時代、就職難やし」
「いや、それは・・・」医者の場合、そこは事情が違ってた。
「無理やって!今んとこが一番!わしも、そう思ってやってきたもん!」

このオジサン、どっちなんだ・・・?結局今の環境に満足していて。足元の接着剤のせいとでもいうのか・・・。

「へっへ!長いものには巻かれる!それでええやろ!」
「・・・・・」
「でもな。巻かれたらけっこうこれが・・あったかいねん!」

そういう幸せも、ありかもしれんのよなァ。

「さ。着いたで。ここで降りいゃ」
指定した場所より、離れたところだ。

「おじさん。もうちょっとまだ先・・・」
「ああダメダメ。あそこは車が停めにくい。さ!さっさと降りてえな!値段は書いとくから!」
「あっ・・・?」

車を出たとたん、ブオオオン、とタクシーは発進した。

「タクシー券1万円のが2枚。メーターの値段は1万1千円・・・あのオヤジ。さては!」

券の値段、多めに記入するつもりだ、な・・・!

傘と紙袋をブルンブルン回し、一路病院へ。

コメント

せきやん
せきやん
2006年11月18日12:54

あの〜・・・お願いがあるんですけど・・
「プチッ!」のワンクリック
お願いできませんでしょうか。
ベストテン陥落ですので
復活させていただけませんか。
スミマセン!

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