病院、玄関前。

タヌキの置物がまた倒れている。とりあえず、立て直す。
「よっこらせっと!」

タヌキの顔に、今度は<死ね>と書いてある。物騒な世の中だ。

 駐車場に入り、アットランダムな車列をくぐって正面玄関へと向かう。
 何人かは外来が終わったようで、歩いている人が少々。
背後からは、スーパーで買い物を終えた人々が、見舞いか受診かちらほらやってくる。

 やっぱ、病院は立地がよいほどリッチだな・・・!とも限らんが。

 地面を見ると、タイヤの跡がある。細いタイヤだ。
どうやら中華料理屋のじいさん(出前)の、急ブレーキの跡らしい。
 この前は耳がつぶれそうになった。

 正面玄関を抜け、外来事務の前を横切る。

「おはようございま〜す!」雇われのコンパニオンが愛想をふりまく。
「うん」そのまま向こうへ。

 待合の視線は感じるが、白衣を着てないせいか誰も気づいてないようだ。
それも哀しい。

医局へ入ると、弥生先生と遠藤先生が。研修中なのに暇そうにしている。

「おはよう!遠藤くん」
「ふひゃ?まだいた・・・?」
「やかまし!ここで何、のんびりしてる?」
「ちょっとひとやすみ、ひひゅひゅ・・」彼は立ち上がって、お菓子で汚れた手をパンパンはたいた。
「今日はま、土曜日だから気がゆるむのは分かるけど」
「ひじじ・・・」
「検査の見学とか。行けよ!」

大きなマスクをした弥生先生が、元気そうに立ち上がった、とたん左わき腹をおさえた。
「たた!うさぎさん今日でお別れですね!」
「大丈夫か?その腹・・」

先日、救急で患者に殴られたのを思い出した。

「先生の赤ちゃんが、赤ちゃんが・・・!」彼女はわざと苦しんだ。
「よせよ〜!」
「ホントにできてたりして!」
「何言うか!俺はそんなことやっとらん!あっ」

医局の数人が、いきなり静まった。

「・・・はは。で、時計はもう10時になるな!」
「あ、それ10分遅れてます」
「どある・・・」

僕が廊下へ出ると、彼女はついてきた。

「先生先生!」
「はいよ?」
「あたしも奈良に行っていいですか?」
「う、うぐ・・・」

これが20代、せめて年下の女医だったら・・・。

「弥生先生。またなんで?」
「非常勤で一時期だけとか、行ってもいいって」
「や、やめとけよ。やめとけ・・あそこは僻地だぞ」
「先生が引っ張ってくれたら、あたしついてきます!」
「いや、それは・・・」

なんとか振り切った。

「こんでいいよ・・・!」

 会議室。10時を数分回っていたが、幸い少人数しかいなかった。
僕と看護部長に、放射線技師長のじいさん。

「あっ。先生。お疲れさんです」じいさんだ。昨日、僕に要らんことを吹き込んだ。
「ああ。昨日はどうも」
「犬は、結局見つからんかったんだってな」
「そうですか・・・何だったんですかね。あの犬」
「盗聴器つけてたんか?」
「ボイスレコーダーをつるしてたって。どうやら会話の盗み聞きを」
「誰がいったいそんなの・・・」

1人ずつ入ってきた。事務員、検査技師長、総務・・・。

 なにやら騒がしくなってきた。
昨日の飲み会のテンションを多少ひきずってそうな騒々しさ。

 引き続き、ドクター陣も・・今回は特別に呼ばれたようだ。
シローにザッキー、真吾。

 今日こそ来るはずの、トシキはまだ見えない。
事務長もまだだ。遅い。

 僕の右にシロー、左にザッキーが腰掛けた。
長いすの組み合わせは「□」の形で、僕らは正面と対座した。
その正面・・・5人分ほどは、まだ空席だ。

「なんであそこだけ、ポッカリ空いてるんだ・・・?師長らでさえ脇にまわって」

右のシローが話しかけてきた。
「今日の話し合い・・先生、知ってます?」
「いや・・いつものくだらん取り決めとかだろ?通例の」
「奈良の話・・」
「俺だけが行くんだろうから、ここには関係ないだろ」
「そうですか。聞いてなかったですか」
シローは落胆したように、肩を落とした。

「おいシロー。どしたんだよ?」
「いや、その・・」
「言えよおい。気になるんだよ!」
「そ、それは。この後・・・」
「CMのあとってことか?チャンネル変えるぞ?」

 左のザッキーがおさえこんだ。しかし彼は、僕を飛び越しシローに話しかけた。

「シロー先生。・・・いはとれ・・・?」
「いや!そこはもうちょ・・・てみ・・・」

 この2人、何を話してるのか・・・。ヒソヒソと周囲の雑音で聞こえん。

 ふと、彼らの話し声が止んだと思ったら。

 後ろから、大きな靴音が響いてきた。
ダン、ダン、ダンというふうに。

 横を通り過ぎた、その男・・・。

「あ!おい!」思わず声が出た。
「・・・・・」ゴリラ顔は、ふんぞりかえったまま大きくいすを引き、ドン、と腰掛けた。

数センチ、姿勢が平行に下がった。イスが一部壊れた模様。

「(マーブル・・・!なんでこいつが、ここにいるんだ?)」

 呆気にとられていると、今度は複数人が余裕で歩いてきた。
振り向くと、トシキに、事務長に。いつもと顔が違っている。深刻そのもの。

 その2人の前に、車椅子のじいさん。酸素を吸っているが、太っており名誉教授ではない。

 さらに真後ろから、医師会のたしか副会長だった人間。葉巻を吸う男。

 僕らドクター数名が、彼らと正面に向き合う形に。
端っこの事務長が、ノートらしきものを開いて議題に移る。

「えー。本日は、来賓をお迎えしております。真珠会会長の、長岡・・・」
「もうええ、そんなのはあ!」呻きに近い声に、事務長らはみなのけぞった。
「今回・・」事務長が改めるが
「馬鹿があ!黙っとらんか!あのな!おいそこの!」

じいさんは、僕を指差した。

「・・僕ですか?」
「ああ。おう。もう行かんでええぞ!」
「?」

老人の横、葉巻の男が囁いた。
「ぶつぶつ・・・」
「ん?ああ、ま、そうやな!せやけど。せやけどもやな!聞けいや!たわけ者がっ!」

まるで<美味しんぼ>の海原雄山だ。

無礼をもはや、通り越した態度だった。

『あ、それもう、やられとるわ・・・』

タクシーの運ちゃんの言葉が頭をよぎった。

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