会議室を出ると、カルテを数冊抱えた、例のマゾ看護士が壁にもたれて立っていた。

「おう!おはよ・・・」
「?へいへい!今日は出発、うれしいな!」カクカク腰を動かす。
「オレは今日、外来は休みで・・」
「申し送りをね!ちょおっと書いてほしいんだよね!」

書き忘れた申し送り事項を記入。それとまだ書いてなかった書類を記入。

「・・・っと。介護保険の書類は面倒だよなあ。老健施設長のドクターは大変だなあ」
「うっへ!うっへ!うっへ!」原始人のようにスキップし、彼は書類をカルテにはさむ。
「いいか?それで?」
「うっへ!まいど!あり!今日は運転!うれしいな!」
「運転・・・って・・・お前が?」
「キュルルル!」ハンドルを大きく揺らすフリ。
「なんでお前の運転なんだよ・・・」

「医長先生。さっきは」事務長だ。何度も頭を下げている。
「おいおい、こいつが運転だって?」
「そうですよ」
「大丈夫なのか?」
「というか、事務側のスタッフは今レセプトで毎晩徹夜でして」
「こいつが名乗りでたのか・・・あとは?」
「看護部長もいっしょに」
「があ・・・!あいつもか」

マトモでないヤツばっか、送られるわけか。

「おい事務長。どうなるんだ?うちの病院は」
「どうなるとは?」
「無茶な救急搬送で、うちのドクターらをつぶそうとしてた病院だぞ?」
「なのでね。先生。まあ落ち着いて。だから!私たちがこうして交渉してきたので・・」
「全然知らなかったぞ?オレは」
「大変だったんです。ある程度の妥協は必要ですし」
「オレはその犠牲か?」

トシキが遮った。
「ユウキ先生。わかってください」
「知るか!」
「その、取り残されたような気持ち分かります。僕だって以前センターの・・」
「お前といっしょにすんな・・・!」

ある程度友人だと思ってはいたが、影でコソコソされていたのが悔しかっただけだ。
こういう人事などの采配は、かなり上層部の人間がやると思っていたが・・・今は時代が違うんだな。

よっしゃ。ようく分かった。

スタッフらはみな、駐車場へゾロゾロ集まっていく。
昼前に集会の時間を前倒ししたようだ。

トイレで小をしていると、あのゴリラがやってきた。

「まだ終わらんのか?」
「は?今、始まったばかりだよ」
「前立腺悪いんじゃないか?」
「お前こそ遊びすぎで・・ま。もええわ」

小を終えて、手洗いへ。

「マーブル。って呼ばしてもらうけどな。お前・・・ちっとは反省してんのか?」
「オレが反省?何をだ?」
「非常識に紹介状もなく・・・!」
「だから。この前謝っただろ?」
「お前が仕切ってたんだろ?」
「オレ?オレは命令で動いてるだけだ。今週の搬送の命令はすべて・・・ハカセによるもので」
「そんなに偉いのか?あいつ?」
「カリスマで、信者が大勢いるんだ。お前、何も知らないんだな。医学も含めて」
「どある・・・てめえに言われたくないよ」

マーブルが手を洗い終わるまで、待った。

「ユウキ先生。今の医者はな。患者だけ診ててもダメなんだぞ。分かるか?」
「患者一生懸命診て・・それのどこが悪いんだ?」
「慈善事業の精神で、いまどき病院の経営が成り立つと思うのか?」マーブルの言葉は1つ1つ癪に障った。
「大阪の病院の半数以上は赤字。それぐらい知ってる」
「まあ、仲良くしようぜこれからは!」
「せん!小をした手を出すな!」

差し出した手を無視。

断固として、こんな奴らと手を組む気にはならなかった。

 僕は大学病院を脱退したとき、やっと車輪の1個の存在から抜け出せたと思っていた。
 しかし今思えば、医者スタッフでその歯車を分担していた。力の配分はどうあれ、みなそれぞれの車輪があった。
 で、目の前でレールを決められ、ブツクサ言いながらも受け入れていた。

 民間へ移ってから、みんな一輪車で自由に走り回っていたように思えた。
 ところが実は、先に見えるレールは遥か先で行き先を決められいて、タチの悪いことにそれを決めていたのは、内緒で先回りした他の一輪車だった。

 一部の人間によって、大半の<その他>の運命が一夜にして決められる・・・ホリエモン時代の4年前、僕はすでにそれを体感した。

 この世の中、ウサギと亀の話など通用しない。ウサギが勝つに決まってる。うっかりしてるとずるいヤツが勝つ。これは嘆きでなく、教訓である。諦めれば、ある意味楽にはなる。

 自分はそこで負けを認めるわけにはいかなかった。

「どこまで敵かはわからんが、戦う・・・!」

マーブルとともに、駐車場へ。スタッフらはすでに整列。僕らはその間をぬって、最前列へ。

「ユウキ先生。出発まで気を抜くなよ」
「なんでやねん?」
「京都のどこかの医療法人が、お前の奈良行きを阻止しようとしてるという動きがある」
「この出発の時刻は、極秘なんだぞ?」
「バカだなお前。なんにも知らんのだな」
「うるさいな。教えろ」
「内部の人間に、まだ気づかんのか?」
「は?」

マーブルは黙って最前列へ。僕の出発まで1時間。

何が起こるっていうんだ・・・。

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