間違いない。あれは・・・

 ウ〜ウ〜・・・風にかき消され、また現る音。音は次第に共鳴し始める。

「救急・・・救急車じゃないか?」僕は横のシローと目を合わした。
「ど、どうなんですか?田中さん!」

「は、はいな!」
 マスター台の近くで音響機械を調整中の事務員は、僕らの後方の大画面をのぞきこんでいた。
「ん〜と!ん〜と!あれあれ・・」

大画面は真っ暗だ。

「田中君!」事務長が台のてっぺんから叫んだ。
「あいあい!分かってます!救急車?救急隊からの連絡はなくって・・・はい!」
「真珠会とは、さっき交渉成立したとこなんだぞ!」
「わ、私に言われましても・・・」

 ピートが列から離れ、駐車場スミのタイヤの山に登りだした。
交通状況を見極めるためだ。

「もし・・・もしこれが救急だったら」
僕は腕時計を見た。
「頼むぜ。みんな」

 振り向くと、みなこっちを見ている。
後ろから腕をつかまれており、思わず振りほどいた。

「なんだ!誰?」
「おいおい!まだ行くなよ!」真吾だ。
「真吾。オレ、もう行かなきゃなんないし」
「いやいや。まだ時間はあるって!な!」
「軽症なら手伝うがな!」

 ちょうど遠方では、ドクターズ・カーが車庫からゆっくり進んできている。
 看護士がサングラスをかけて、肩を揺らしている。看護部長はすでに乗り込もうとしていた。

「オレは、あのハカセに会いたいんだよ・・」
「ち、近づいてきましたよ!」シローが白衣の襟を正した。

「あ!あれ見ろ!あれ!」検査技師長のゴマちゃんが大声で振り向いていた。
 みな振り向くと、そこには・・・

『(ダンダンダン!)』妙に派手な、オープニング場面。バラエティ番組の始まりのような。
いや、ちがう。これは・・・

ピーポー!ピーポー!

 今度は、また皆前方を振り向いた。いきなり現れたのは・・・

「うわっと!救急車が1台!ブラックで!」田中君はまるでコーヒーの注文のようだった。
「救急診療体制に切り替えろ!わわっ?」事務長はぐらつき、台より腰から落ちた。
「事務長!」僕は叫んだ。
「大丈夫です!」
「さっさと門、開けろ!」
「しかし!」
「開けるしかないだろ!」

 事務長は近くのボタンまで走り、横いっぱいのチェーンがグイーン、と下まで平行に下げられた。
ブラック救急車はものともせず、チェーンを踏みにじっていく。

 オークらナース軍団は、怪獣が押し寄せるように物凄い勢いで散らばった。

『救急体制!全ドクターは、各科問わず診療体制に!ゲートオープン!』事務長が息切れしつつ叫ぶ。

 病院中央の大きな扉が真ん中で割れ、左右に力強くオープンした。
 ドクターらはいっせいに駆け込み、ザッキー、シローらが救急物品を用意し始めた。
 次々とポケットに入れていく。

タイヤの上のピートが、いつものように指、手でサインを送る。
事務長が読み取る。

『この1台だけじゃない!あと・・・えっ?あんなにも来るってか!』
 タイヤの上のピートの体がよろめくくらい興奮していた。

「事務長!何台来るんだ!何台!」一人残された僕は、駐車場スミの事務長に聞いた。
『なんだい?』
「こっちが聞いてるんだ!ハウメニー?」
『じ・・じじ・・』
「?」
『十台以上・・・!』

 ブラック救急車はズンズン進み、ピートの立つタイヤの山に当たって止まった。

「おおっと!わあ!」
ピートはバランスを崩し、ツルツル、と何段階かに分けて落ち・・なかった。ステップしながら着地した。
「殺す気かてめえ!」

 降りて来たピートに、背後から白衣がかぶせられた。
僕のほうへは、真吾が白衣を持ってくる。

「な。なんだよ・・・オレはもう今日は!」
「いやいやいや!」
「頑張れってお前らで!トシキも戻ってきたんだし!」
「いやいやいや!医長ですから先生は!」
「都合のいいときだけ医長かよ!」

 白衣を羽織った。救急室にかけられているもので、背中は挿管チューブがクロスして貼り付けてある。
 ポケットに喉頭鏡、ペンライト、注射器など。

 腰にウエストポーチがつけられた。注射針、アンプルなど。
手渡されたPHS(救急用)。

「おい待て!もう1時間もないんだって!あっ?」
「(一同)おおおお!」

 みな、救急車そっちのけで、頭上の画面を見つめた。
<ID4>のUFOを見上げるような視線。

そこには・・・

『趣味は、マリンスポーツです!』思いっきりエコーのかかった声。
 荒い画質。下着姿のモデル。愛想笑い。なぜか横に控える半裸の男性・・・。

「おいおい!これ。AVじゃないのか!」ゴマちゃんが腕組みして感心していた。
「ええっ!うそ!」田中くんが、機器をあちこち触っていた。すぐさま、ボリュームが落とされる。

「おい!聞いてたが、ここはバカの集まりか?古巣に戻ってきたと思ったらあ!」

 救急車から、水色のキレイな白衣を着た長身が、3人ほど立っている。
 スポーツマンっぽく、今でいう<イケメン>ぞろいだった。

 その中の中央、どこかで見た顔・・・。思い出せないが、トシキはすぐに気づいた。

「宮川先生!」
「(一部)みやちゃんみやちゃんみやちゃん・・・ぶつぶつ」
「ここで何を?」

「何をってトシキ。息をしてるんだよ。それが悪いか?」誰も笑わない。
「先生は、ハカセ先生の元じゃなかったのですか・・・」
「オレがあいつのシタ?笑わすな!おっ・・・」

 宮川先生は、僕に気づいた。

「お前が来るって聞いて、内心驚いた。なんでまた、ドンキホーテが」
「宮川先生・・・・どしたんですか?なんで?」
「オレはたった今、あいつのグループから外れてきたとこだ」

 周囲のサイレン音は、やがて大きくなってきた。
かまわず、彼は続けた。

「患者もついでに連れてきた。患者ごと、追い出されたんでな」
「先生。連絡くらい!」トシキはムキだった。
「オレたちも当てはあるが、この病院はそもそもオレが築き上げてきたものだ」
「先生が・・・?違います!僕です!」

 どっちも、どっちだった。
 その間、側近らしき2人はクールな表情で周囲を物色し始めた。

「ガタイは中ぐらいの病院だ。オレら3人で何とかなる。奴らがヘタばれば・・・よしよし」
 イケメン先生の足元で、犬がくうんくうん、となびく。

「おいあの犬!」僕は叫んだ。バーベキューの時の、盗聴犬だ。

「さ!なにはなくとも!はじめるか!」
どことなくセクシーな彼が叫んだとたん、一気に救急車がなだれ込んできた。

 僕はそろ〜と、ドクターズカーへと進んだが・・・。

 ガシ!とすごい力で肩を押さえられた。
思わずうずくまる。

「ひい〜い〜たたた・・・!」

 足元に犬。こちらをガルルル・・・!と睨む。
 側近の黒っぽいサーファー男が僕を地面まで押さえつけた。

「患者さんを放っては、行かせませんよ・・・!先生!」

 画面では、<ベッドサイドでの会話>が関係なしに進められていた。

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