だるいやつら ? 無法地帯を突破せよ!
2007年2月20日<サンダル医長>より少し前の回想録。
冬の早朝。
僕は白衣を着たまま、ポケットに両手突っ込んで、駐車場で待たされていた。
徒歩・自転車で出勤してくる私服ナースらとすれ違う。
「おはようございます」
「ああ」
「おはようございま・・」
「す」
「おはようござ・・」
「います!」
「おはよ・・」
「ようございます!」
などと応えるうちに、救急入り口横のシャッターが自動で開いた。
急発進で、ドクターカーがはみ出す。職員を轢きかけ、急停車。
「おいおい。危ないだろが・・」
ドクターカーは徐行しながら、こちらへ。
「運転は田中事務員か・・・」
かじかむ手で、助手席に乗り込む。
「ああサム寒。よろしく!」
振り向くと、後ろにナース。
「ふんげえ!よろぴく!」
「だる。中野おばさんか・・」
「へ!オバサンやって?このぎゃるに向かって!」
ワイパーを数回慣らし、田中君は暖房を<強>にした。
「1軒目は、いきなり依頼があったみたいで」
「初診ってことか?」
「ええ。定期の訪問はずらすとして」
「今、依頼があったの?」みな、シートベルトする。
「そうなんですよ。それでさっき慌てて」
「気、つけろよな・・・」
「高齢者の方。胸部不快感だそうで。往診で診てくださいと」
「そういう症状なら、救急車で来ればいいのに」
「何がなんでも、家は出たくないって」
在宅の重要度は増している。できればせめて、終わりは家で迎えたいという意向が強くなった。それだけでなく、病院自体に向かいたくないという意向が支配するとみた。
ようやく信号が変わり、車は国道に出た。
中野おばさんが、今日の予定を読み上げる。
「え〜ねがいましては〜」
「NHKラジオのソロバン思い出すから、やめてくれよ!」
「2件目松原市の和田さんな〜り、3件目富田林の松野さんな〜り!」
「全部で何件?」
「7件ですがぁ〜途中で依頼があった場合は向かうな〜り!」
「戻ったら病棟だもんな・・・」
当院では当時、往診診療を始めていた。往診の収入はバカにできない。国からいろんなコストを縮小されている今、この<往診>をいかに生かすか。開業医でも深刻だ。それだけ往診件数を増やすかというのが課題になっていた。
往診でどこまでしてあげれるか・・それへの挑戦の意味もあった。
まずはかかりつけの患者さんに何件かお願いし(強引だが)、承諾を得た家を廻ることに。
ドクターカーはどんどん車を追い抜いていく。
「うわ!うわ!スレッガーさん!アブい!アブいよ!」
「大丈夫ですって先生。大げさな」田中くんは落ち着いている。
「最初は東大阪か。どこを・・?」ナビ画面と住所を照らし合わせる。
「ナビに入力しても、道筋がよく・・」
住所入力で場所は分かるが、それへの道程が分からない。
「東大阪か・・・ここだけではないが、どうやら未区画のとこみたいだな・・・」
「ヤバイ地域だろうが、私は覚悟してます」
未区画の地域、つまり・・・全国どこにでもあるが、都市の計画によって通常、道路は線状なり円状になり<整理>されていく。地図でみると一目瞭然で、太い幹線道路がドドンと平野を横切り、町の中だろうと山だろうと突き抜けていくものだ。
ところが、「あれ?ここでいきなり終わってる」道路があったりする。しかも複雑な迷路・・・行き止まりの数々。車が通れるかどうかすら分からない。しかし道路ではある。見通しも悪い。こういった地域が、大阪ではかなり認められる。国道だけ走っている人間には全く分からない世界である。
車内電話がオンフックで鳴った。
『おはようございます。事務長、品川』
「グッモーニング、チャーリー!」僕が答えたが、自分でも寒かった。
『おおその声は!』
「いきなり依頼が入ったってな!」
『みたいですね。往診を始めるのは宣伝してたんで。それで・・』
「は?」
『私、その家に電話しました。今しがた』
「ああ」
『そしたら、別の病院にもお願いしたって』
「なぬ?じゃあ2台向かってるのか?」
『なので!急いで!』
「反則だろそれ!」
『私に言われても・・では田中君。お願いしますよ。高い商品載せてますから』
「おい!それ俺のことか!」
車は一段と加速した。
「本当だ。地点登録しても、道が分からない」
田中くんは唖然としていた。ナビも道が表示できない。妙な線でごまかされている。
やがて、国道の横に細い通りが見えてきた。いくつも連続する。
「田中くん。このあたりで、左に曲がるか?」
「サー。イレッサー!」とは言ってないが、彼は急ハンドルで左折、幅1台分の道路に入った。
すると、いきなり異次元に入った。ひっそりとした町。誰もいない道。だがこの圧迫感。閉塞感。そして・・・不快感。
「し、しまった。田中くん!」
「ちょっと今は集中してるとこ!」彼は顔を真っ赤にしてキョロキョロしていた。
「とと・・・トイレ!トイレ行きたい!」
しかし、コンビニなどあるような雰囲気ではない。
道はどんどん狭くなっていく。標識もなくなった。直交する道も出くわすが、直角で狭すぎて曲がれない。車は仕方なく、直進を続ける。道が狭く、無造作に置いてある自転車がスレスレですれ違う。
「うわ!」田中くんが叫ぶと、いきなり飛び出してきた自転車。飛び出しそうな通行人。ガラッと戸を開放するじいさん。みな、無表情でこちらを睨む。
「ナビではどう?ナビでは?」彼は僕に聞いてきた。
「そ、そのまま真っ直ぐ?かな?えっ?うっ?」
「冗談やめてくださいよ!」
「分からなかったら、止まればいいじゃないか!」
「そうもいきませんって!」
「なに?」
振り向いた。すると・・・
「うわあああ!」
後方には、中年男女の自転車軍団がズラッと走行、迫っていた。
前方は、さらに狭い道。助けはない。そして下腹部痛。トイレへの衝動。
例のごとく、大ピンチの第一話で始まった。
冬の早朝。
僕は白衣を着たまま、ポケットに両手突っ込んで、駐車場で待たされていた。
徒歩・自転車で出勤してくる私服ナースらとすれ違う。
「おはようございます」
「ああ」
「おはようございま・・」
「す」
「おはようござ・・」
「います!」
「おはよ・・」
「ようございます!」
などと応えるうちに、救急入り口横のシャッターが自動で開いた。
急発進で、ドクターカーがはみ出す。職員を轢きかけ、急停車。
「おいおい。危ないだろが・・」
ドクターカーは徐行しながら、こちらへ。
「運転は田中事務員か・・・」
かじかむ手で、助手席に乗り込む。
「ああサム寒。よろしく!」
振り向くと、後ろにナース。
「ふんげえ!よろぴく!」
「だる。中野おばさんか・・」
「へ!オバサンやって?このぎゃるに向かって!」
ワイパーを数回慣らし、田中君は暖房を<強>にした。
「1軒目は、いきなり依頼があったみたいで」
「初診ってことか?」
「ええ。定期の訪問はずらすとして」
「今、依頼があったの?」みな、シートベルトする。
「そうなんですよ。それでさっき慌てて」
「気、つけろよな・・・」
「高齢者の方。胸部不快感だそうで。往診で診てくださいと」
「そういう症状なら、救急車で来ればいいのに」
「何がなんでも、家は出たくないって」
在宅の重要度は増している。できればせめて、終わりは家で迎えたいという意向が強くなった。それだけでなく、病院自体に向かいたくないという意向が支配するとみた。
ようやく信号が変わり、車は国道に出た。
中野おばさんが、今日の予定を読み上げる。
「え〜ねがいましては〜」
「NHKラジオのソロバン思い出すから、やめてくれよ!」
「2件目松原市の和田さんな〜り、3件目富田林の松野さんな〜り!」
「全部で何件?」
「7件ですがぁ〜途中で依頼があった場合は向かうな〜り!」
「戻ったら病棟だもんな・・・」
当院では当時、往診診療を始めていた。往診の収入はバカにできない。国からいろんなコストを縮小されている今、この<往診>をいかに生かすか。開業医でも深刻だ。それだけ往診件数を増やすかというのが課題になっていた。
往診でどこまでしてあげれるか・・それへの挑戦の意味もあった。
まずはかかりつけの患者さんに何件かお願いし(強引だが)、承諾を得た家を廻ることに。
ドクターカーはどんどん車を追い抜いていく。
「うわ!うわ!スレッガーさん!アブい!アブいよ!」
「大丈夫ですって先生。大げさな」田中くんは落ち着いている。
「最初は東大阪か。どこを・・?」ナビ画面と住所を照らし合わせる。
「ナビに入力しても、道筋がよく・・」
住所入力で場所は分かるが、それへの道程が分からない。
「東大阪か・・・ここだけではないが、どうやら未区画のとこみたいだな・・・」
「ヤバイ地域だろうが、私は覚悟してます」
未区画の地域、つまり・・・全国どこにでもあるが、都市の計画によって通常、道路は線状なり円状になり<整理>されていく。地図でみると一目瞭然で、太い幹線道路がドドンと平野を横切り、町の中だろうと山だろうと突き抜けていくものだ。
ところが、「あれ?ここでいきなり終わってる」道路があったりする。しかも複雑な迷路・・・行き止まりの数々。車が通れるかどうかすら分からない。しかし道路ではある。見通しも悪い。こういった地域が、大阪ではかなり認められる。国道だけ走っている人間には全く分からない世界である。
車内電話がオンフックで鳴った。
『おはようございます。事務長、品川』
「グッモーニング、チャーリー!」僕が答えたが、自分でも寒かった。
『おおその声は!』
「いきなり依頼が入ったってな!」
『みたいですね。往診を始めるのは宣伝してたんで。それで・・』
「は?」
『私、その家に電話しました。今しがた』
「ああ」
『そしたら、別の病院にもお願いしたって』
「なぬ?じゃあ2台向かってるのか?」
『なので!急いで!』
「反則だろそれ!」
『私に言われても・・では田中君。お願いしますよ。高い商品載せてますから』
「おい!それ俺のことか!」
車は一段と加速した。
「本当だ。地点登録しても、道が分からない」
田中くんは唖然としていた。ナビも道が表示できない。妙な線でごまかされている。
やがて、国道の横に細い通りが見えてきた。いくつも連続する。
「田中くん。このあたりで、左に曲がるか?」
「サー。イレッサー!」とは言ってないが、彼は急ハンドルで左折、幅1台分の道路に入った。
すると、いきなり異次元に入った。ひっそりとした町。誰もいない道。だがこの圧迫感。閉塞感。そして・・・不快感。
「し、しまった。田中くん!」
「ちょっと今は集中してるとこ!」彼は顔を真っ赤にしてキョロキョロしていた。
「とと・・・トイレ!トイレ行きたい!」
しかし、コンビニなどあるような雰囲気ではない。
道はどんどん狭くなっていく。標識もなくなった。直交する道も出くわすが、直角で狭すぎて曲がれない。車は仕方なく、直進を続ける。道が狭く、無造作に置いてある自転車がスレスレですれ違う。
「うわ!」田中くんが叫ぶと、いきなり飛び出してきた自転車。飛び出しそうな通行人。ガラッと戸を開放するじいさん。みな、無表情でこちらを睨む。
「ナビではどう?ナビでは?」彼は僕に聞いてきた。
「そ、そのまま真っ直ぐ?かな?えっ?うっ?」
「冗談やめてくださいよ!」
「分からなかったら、止まればいいじゃないか!」
「そうもいきませんって!」
「なに?」
振り向いた。すると・・・
「うわあああ!」
後方には、中年男女の自転車軍団がズラッと走行、迫っていた。
前方は、さらに狭い道。助けはない。そして下腹部痛。トイレへの衝動。
例のごとく、大ピンチの第一話で始まった。
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