白衣3人の、真ん中のノッポが叫んだ。
「あんたら。ここ、うちの患者やで?」
「え?だって・・?」事務員は目が点になった。
「うちに電話かかってな。やっぱそっちにお願いするって」
「そうなんですか?先生・・・」

「なんでオレなんだよ?事務側の問題だろ?」
「ど、どうしましょうか・・」田中君は逃げ腰だ。
「この人たち、家を間違えたんだろ?だったら自業自得・・」

「あ?もしや・・ユウ・・キ先生ですね?」ノッポの態度がコロッと変わった。
「は、はい」
「透析患者搬送の際は、お疲れ様でした。テレビで見ました」
「それって・・いつの話ですか?」
「私、同じ大学病院の平田といいます」ペコッと頭を下げた。
「悪いけど、うちが最初に診たから」
「え、ええ!どうぞどうぞ!」3人とも態度が豹変した。

医者同士が知り合いだったり、上下関係だったのが分かってすぐに解決する問題は、山ほどある。逆の場合が面倒だ。

「ああっ!」帰ろうとした3人は、自分らの救急車の前で驚いた。
僕らはかまわず、搬送の準備。ハッチを開け、ストレッチャーを固定。酸素吸入準備、モニター。

「やや、やられた!」事務員らしき白衣がヘナヘナと、ひざまずいた。
「空き巣や!空き巣や!」ナースも叫んでいる。
「ちょっと!車走るの?」医者がタイヤをあちこち見回していた。

田中君はシートベルトをし、エンジンをかけた。
「うちは大丈夫でした!幸い!ナースがいったん出たりしたのがよかったのかな?」
僕は車の周囲の観察を終えた。
「あっちはタイヤが2つ、持っていかれてる!」
「フン!偉そうなこと言うからや!」中野おばさんはブタのように鼻を尖がらせた。

なにや病院のスタッフ3人は、ただ呆然と立ち尽くしていた。

僕は患者のすぐ横に。
「いったん病院へ行きますので!」
「ようこちゃん、ようこちゃん・・」力なく、ばあさんは呟いた。
「田中くん、出してくれ!」

車はゆっくりバック、先ほどの道を目指した。

「あ。あれ・・」僕は後方が気になった。「ばあさんの犬たちだよ」
さっき家の中にいた犬たちだ。元気に駆けてくる。

「は!はあああ!いややいやや!い、家に帰る!」
ばあさんは目をくわっと見開いて僕にしがみついた。

「だ、ダメだよ!」
「ようこちゃんが来た!ようこちゃんが来た!」
「ようこちゃん・・・って、犬ですか?」
「ようこちゃんは犬やない!犬がようこちゃんや!」
「同じでしょうが!」

中野おばさんは立ち上がり、アンプルを探し始めた。
「何か、うちましょかいな〜?」
「いや、待てよ!」

ばあさんの険しい表情。どうやら本気だ。

「病院はいやや!いやや!あの子らの世話が!」
「世話は!か、家族の人に頼んで・・・おけよ!田中くん!」僕は叫んだ。

ばあさんはさらに、今度は僕の首をつかんだ。
「ぐへっ!」
「あの子らを!どうか見捨てんでお願いします・・ど〜かお願いします・・・!このとおり!わしの子らやけえ!どうかどうか!」

知らない間に車は止まっていた。事務員は気の毒そうに振り向いている。
「先生・・・かわいそうですよ」
「あ。ああ・・・そりゃ救急じゃないにしても。でもオレは立場上」
「ばあさん。あの子らが生きがいなんですよ」

止まった車の両側が、カシカシとかきむしられている。

僕らは仕方なく、ばあさんを元に戻すことにした。
家の前で、再び後ろを開ける。

嫁は不服そうに、階段上から同意した。
「ひどなったら、救急車呼ぶっちゅうことやな?」
「そうするしか。本人の意思が沿わないとどうしても・・薬は出しておきます」
「本人がヘルパー断ってるからなあ。薬も飲めないよ。たぶん。はいはい」
嫁の適当な返事だった。以前はお世話になったんだろうに・・・。
でも、こういう家庭は増えるだろう。

田中君は、外で待っていた。
「でも先生。緊急性ありってことで連れていってもよかったのでは?」
「お前、さっきと逆のことを!」
「犬も連れて行ったらよかったんですよ!」
「そうもいかんだろう?」

この若い事務員の困ったとこは、妙な正義感があるとこだった。
しかもコロコロ変わって困る。女の場合、これがまた始末に終えない。

「急いで、2件目行こう!」
僕らが乗り込むと、引き続き横のドアがスライドした。

「(3人)いやいや、ありがとうありがとう!」
「ふにゃ?」中野ナースは驚いて席をゆずった。

なにや病院の事務員がどっこらしょと座った。
「まさか戻ってきてくれるなんて!感動しました!」
「な。なな・・」僕は呆れていた。
「では、鶴橋駅までお願いします!」
「・・だって。田中くん。わ!」

ほとぼり冷めない田中君は、急発進した。
「(一同)うわわわわ!」

窓をあちこち眺めたが、どうやら三輪トラックの姿はない。と思ったら、横の通りに一瞬見えた。後ろ向きに止まってる。

僕は医者のほうを向いた。
「しかし、車上あらしって数分でも油断できませんねえ」
「いやあの。僕は大丈夫なんで。困るのは病院ですし」
「・・・・・・・」

国道にやっと出て、いきなり急停車。

事務員の怒った表情は、後ろからでも容易に想像できる。

僕は携帯を持った。
「お、つながる。一応今の件を、事務長に報告しよう」
「ここで降りて下さい」運転手が呟いた。
「(3人)・・・・・」
「降りて下さい!鶴橋駅までなんて、とんでもない!」

3人はすごすごと降ろされ、ドアはドバン!と強く閉められた。

僕は気まずそうに、手をピョイピョイと小刻みに振った。

でもちょっと振り向いた。

今、パッシングされたような・・・。

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