じいさんの横、血圧に注意しながら点滴観察。子供は相変わらずゲームに興じている。

「・・ちょっと、おーい!ぼく!」
子供に話しかける。
「幼稚園は、いかんでええの?」
「いってない」即座に返事。
「あ、そ・・」

「いきたあない」
「行きたくない?」
「いくん、いやや・・いやや!」どこか、憎しみのこもった言葉だ。

両親は不在であり、共働きとみた。カルテの家計図では健在ではある。しかし最近、離婚やら別居・調停中がやたら多い。子供が小さくても関係ないといった家族が増えていた。

「松野さん。この子はゲームが好きですね本当に」
「いやあ。しょがないしょう!」じいさんは運ばれた食事、丼のフタをあけた。
「子供らの遊ぶとこも、減ってきてるようですしね」
「若いもがどんど減て、遊ぶ仲間がおらから、しゃないやろ・・」
「そっか・・そうですね」
「両親ほら、全部わしらにまかせきりでんねん。いったいだりがホントの親やら・・いそがしいそがし言うて、それはだも同じだろが」

 構語障害ありながら、じいさんは一生懸命喋ってくれた。ばあさんの介助で、卵丼らしきものをパクパク食べている。点滴は終わりかけでもあるので、よしとした。

 耐え切れず、自分の腹がグウ〜とよじれだす。

「もう来まっせ先生」ばあさんがスプーン持って振り向いた。
「来るって・・誰が?」
「あ、あれかの?」ブウーン・・・とエンジンの音がし止む。当院のエンジン音ではない。

やがてヒタヒタ・・と駆けてくる足音。
ゲームしていた子供はさっと起き上がり、テレビを消して正座。

「やあやあやあ!」毛むくじゃらの、太った医者。声まで馬鹿でかい。
「お食事中やんねえ!」高齢だが背筋のしっかりしたナース。

どうやら、かかりつけの開業医か。

「ばあさんから、連絡もらってな!なんか・・あ、どうも!」
医者は僕に向かって小さく会釈した。
「こんにちは。真田病院の、ゆ・・」
「あーあ。点滴かあ。うち、来てくれたらええのに。ばあさん、これが気になるんか?」

 ばあさんは、気まずそうに小さくうなずいた。医者は近くのアンプルを見る。

「あんなあ、ばあさん。これは血管を拡げる点滴や」
「しても、ええんかいな・・・?」ばあさんは唐突に聞いた。
「うーん。ま、ええと思うけどな」
「先生様のところは、色がついてるけど今日の先生のは、ついてないきに」
「色?ああ、色な!」ビタミン剤の色だ。
「色がついてたほうが、効くような」
「はあはあ。ま、この先生の説明ぶそくかな!それで不安になったんか?」

このブァブ・・・、いや、バアさん・・・!

バアサンは、開業医の横にさっと隠れた。
開業医は腕組みし、ナースは僕を冷淡に見つめた。

「あんなあ先生。ここらの人はみな敏感でっせ。ほんと、よ〜く見とるよ。家族の方々は」
「え、ええ」
「きちんと1個ずつ説明せんと、信用されへんで」
「た、たしかに説明を省略してました・・・」確かに、点滴しますといってしただけなので、反省はする必要ある。
「患者さん側も、やっぱ不安なわけよ。なあ、ぼうず!」

「うん!」さきほどの子供が、ウソのようにしっかり返事。

「ほおれ見てみ、子供のほうがしっかりしとる!」
開業医は勝手にカルテをのぞいた。
「真田はんから紹介状はもらったが、横文字が多くてわけ分からん」
「・・・・・」
「それと。勝手に、患者持っていかんといてな」

どうも、この開業医の言葉1つ1つが突き刺さる。

「あんたがな、うちを5千万、1億で買い取るっちゅうなら話は別やけどな」
「・・・・・」
「信頼関係あっての往診や。これからは、うちがします。わかった?」
「じ、実は今後の点滴を定期的にお願いしたいということもありまして」
「ん。じゃ、手紙に書いて。わかりやすくな!」
「左の足背動脈の触れが・・」
「もう診るから。うちで診るから!」

僕は圧倒され、臆病にも後片付けを始めた。家族に頼まれて来た往診なのに・・・。
玄関に出てくるまで、向こうのナースは詰め寄ってきた。息遣いまで聞こえる距離だ。

ゆっくり靴をはき、よいしょと立ち上がる。
「では、どうも失礼しました。あっ」

はずみで、敷居を踏んでしまった。

「あ!ふんだふんだ!」奥で子供が見ていた。
「ちっ!」僕はダッシュで道に出た。
「言うたろ言うたろ!」子供はまた部屋へ。
「では!」

反転して待っていたドクターカーに乗り込む。

「はあはあ。も、出よう!」
「あいつら、睨んでましたよこっち!」事務員はゆっくりハンドルをきった。
「かかりつけの開業医だ。うちから紹介した医者なんだけど」
「テリトリーを侵害されたとでも思ったんですかね?」
「あの閉鎖的な雰囲気は、耐えられんよオレ・・・だから田舎から人が減るんだ!」

ちょっと言い過ぎと思いつつ、車は坂を急速に降りていった。

 

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