だるいやつら ? 男同士はバケラッタ!
2007年3月27日 渋滞する国道をかき分け、交差点を左へ。混雑はなくなり、サイレンは静止した。
田中くんはマップル地図を左手に、前と交互に確認。
「なんかその・・危ないんだけど」
「っと・・・っと」
「なんだよ。予習してなかったのか?」
「いやいや、いきなり頼まれたもんで」
「事務長からか?」
「ええ。受診歴のある患者さんではあるんですが」
「カルテは・・ないな。5年以上前ってことか」
「住所不定なんです」
車は慎重に徐行。リヤカー、酩酊する自転車が行きかう。
青いビニールをかぶったテントの家も見えてきた。
小さな公園の中にもいくつか散見される。
通りはだんだん細くなってきた。
「田中くん。住所不定なのに、なんで場所が分かるんだ?」
「さあ・・・でも番地は聞いたんで」
「わけがわからん・・・」
風で飛んでくる紙袋、ビニール袋を蹴散らしながら、車はジグザグで走行。
パワーウインドウがずり下がり、田中くんは顔を出していた。
「で。その患者さんとやらは・・何でかかってたんだ?」
「病名っすか?今まで何度か死にかけたって」
「死にかけた?それはオレも何度か」
「奇跡の人ですよ。原因は分からないけど、搬送されるたびそのたびに生き返って」
「原因が分からないの?」
「ええ。すごいですよね」
「原因がホントに不明なのか・・医者がヤブなのか」
「目撃者の人がいうには、<いきなり倒れた>って」
「・・・・・で。今回また倒れたのか?こんなゆっくりの往診でいいのか!」
「いやいや。そういう<予兆>がするって」
「なんだ。その予兆って。痛風や偏頭痛か?」
「近畿の医学雑誌で当時騒がれた有名人ですよ」
「だから。知らんって・・・」
車は坂をゆっくり下りだした。両側にはひしめきあう一軒家。かなり寂れており、路駐の車が迷惑だ。自転車も無造作に置いてある。植木鉢も飛び出ている。
「気のせいかな・・視線のようなものを感じる。あっ」
思わず声が出た。坂を下りて、また登るその手前・・・電車の高架がある。
本能的に危険を感じた。
「おい。スピード落としたほうが」
「?いけますいけます。大丈夫」
「だけど!」
「あの高さ表示なら、ギリギリいけるはずです」
「まてまて!」
「先生。石橋叩きすぎるの嫌いって、言ってたでしょ!」
「はあ?ひっ!」
思わず目を伏せた。田中君の強気とは裏腹に、彼はとっさに急ブレーキを踏んだ。
「やっぱ!やば!」頼りない急ブレーキ、しかしそれは遅かった。
ゴリ、ゴリ・・・天井が摩擦する音。べコン、とへこむような音も。
ガードレールを擦る音に似ている。
「うわっちゃ!やってもたね!」彼はハイに反応し、余計ブレーキを踏み込んだ。
「はよ止まれ!はよ!」
「るさいなあ!」
間もなく車の横に、カランカラン、という音が聞こえた。
「おい田中!何か落ちたぞ!」
「知ってます!」
「じゃあ何だ?」
「あ〜あ!なんで今日はツイてないんだろ!」彼は空いた横から顔を出そうとした。
「いてっ!」突き出た頭の上に、何か当たって落ちた。
「大きな音だったぞ?」
「あれは・・拡声器ですよ!サイレンの!」
コーンの形をした拡声器が転がった。これで、サイレンの音はもう鳴らない。
窓は上にスライドし閉められ、事務員の顔は青ざめた。
「はあはあ(紙袋)。保険・・保険、効きますよね先生?」
「し、知らん知らん!」
「先生だって困りますよ?はあはあ」
「なんでだよ?お前が勝手にやったことだろ!」
収拾がつかない会話だった。
彼はドアを開けようとしたが・・・
「あきまへん!」
「だから!それはお前のこと・・なに?」
「ドアがあきまへん!」
ガタガタ揺するが、両側とも開かない。ウインドウも中途半端に降りている。
彼の声が震えてきた。
「どどど、どうしましょか」
「さあ」
「さあ、ってそんな。先生はいつもそうだ。薄情だ」
「オレが薄情?心外だな!」
「先生は外来終わってすぐ帰るけど、その後始末がどれだけ大変か!」
一瞬、沈黙した。
天井が微かに振動している。
「先生。どど、どうしますか」
「どうするって・・」
「どうしたらいいですか?指示を何か」
「しじ?」
「医学部でしょう先生?頭、働かして!」
「脳細胞は、学生生活で半分消えたよ!」
僕らはあわて始めた。予想したくないことが起きつつある。
事務員は後ろへと廻り、また戻ってきた。
「ダメだダメだ!後ろも開きません!」
「地下はないのか?出口!」
「ないですよ!」
「くそ!この天井!なんであんなことしたんだ!」
彼は無視し、窓の内部から斜め上方を見上げた。
レールがすぐそこに、むき出しになっている。
窓が開いてれば、間違いなく手が届く。
耳を澄ました。
カンカンカン、と鳴り出す近くの遮断機。
「先生。来ますよ!」
「言うなよ?言っても!」
「電車が!」
天井だけでなく、全体が上下に揺れだした。
事務員はギアを変えつつアクセルを踏むが、いっこうに動かない。
「先生、ガラス割れそうですな?」
「<割れそうですな>ってお前なんだよ?」
「割れるわ。これ絶対割れるわ!あのナース、降りてラッキーでしたよねくそ!」
彼は小さく縮こまった。
ガタガタガタ・・・!と揺れは激しくなっていく。
窓ガラスはキュウ〜・・とポットのお湯のような音で圧縮されている。
せっかく直した点滴や物品も、野放し状態で落ちだした。
「先生!このままじゃガラスが割れて、僕ら傷だらけですよ!」
「・・えっ?なに?」
「ヒッ!くる!(しゃがみ)」
ボンヤリして、聞いてなかった。
瀕死のはずが、走馬灯も何も浮かばない。
頭の中には、先ほどの<トムとジェリー>が繰り返し流れるだけだった。
互いに抱き合うのも1つの方法ではあるが、男同士はバケラッタ、いやイヤだった。
田中くんはマップル地図を左手に、前と交互に確認。
「なんかその・・危ないんだけど」
「っと・・・っと」
「なんだよ。予習してなかったのか?」
「いやいや、いきなり頼まれたもんで」
「事務長からか?」
「ええ。受診歴のある患者さんではあるんですが」
「カルテは・・ないな。5年以上前ってことか」
「住所不定なんです」
車は慎重に徐行。リヤカー、酩酊する自転車が行きかう。
青いビニールをかぶったテントの家も見えてきた。
小さな公園の中にもいくつか散見される。
通りはだんだん細くなってきた。
「田中くん。住所不定なのに、なんで場所が分かるんだ?」
「さあ・・・でも番地は聞いたんで」
「わけがわからん・・・」
風で飛んでくる紙袋、ビニール袋を蹴散らしながら、車はジグザグで走行。
パワーウインドウがずり下がり、田中くんは顔を出していた。
「で。その患者さんとやらは・・何でかかってたんだ?」
「病名っすか?今まで何度か死にかけたって」
「死にかけた?それはオレも何度か」
「奇跡の人ですよ。原因は分からないけど、搬送されるたびそのたびに生き返って」
「原因が分からないの?」
「ええ。すごいですよね」
「原因がホントに不明なのか・・医者がヤブなのか」
「目撃者の人がいうには、<いきなり倒れた>って」
「・・・・・で。今回また倒れたのか?こんなゆっくりの往診でいいのか!」
「いやいや。そういう<予兆>がするって」
「なんだ。その予兆って。痛風や偏頭痛か?」
「近畿の医学雑誌で当時騒がれた有名人ですよ」
「だから。知らんって・・・」
車は坂をゆっくり下りだした。両側にはひしめきあう一軒家。かなり寂れており、路駐の車が迷惑だ。自転車も無造作に置いてある。植木鉢も飛び出ている。
「気のせいかな・・視線のようなものを感じる。あっ」
思わず声が出た。坂を下りて、また登るその手前・・・電車の高架がある。
本能的に危険を感じた。
「おい。スピード落としたほうが」
「?いけますいけます。大丈夫」
「だけど!」
「あの高さ表示なら、ギリギリいけるはずです」
「まてまて!」
「先生。石橋叩きすぎるの嫌いって、言ってたでしょ!」
「はあ?ひっ!」
思わず目を伏せた。田中君の強気とは裏腹に、彼はとっさに急ブレーキを踏んだ。
「やっぱ!やば!」頼りない急ブレーキ、しかしそれは遅かった。
ゴリ、ゴリ・・・天井が摩擦する音。べコン、とへこむような音も。
ガードレールを擦る音に似ている。
「うわっちゃ!やってもたね!」彼はハイに反応し、余計ブレーキを踏み込んだ。
「はよ止まれ!はよ!」
「るさいなあ!」
間もなく車の横に、カランカラン、という音が聞こえた。
「おい田中!何か落ちたぞ!」
「知ってます!」
「じゃあ何だ?」
「あ〜あ!なんで今日はツイてないんだろ!」彼は空いた横から顔を出そうとした。
「いてっ!」突き出た頭の上に、何か当たって落ちた。
「大きな音だったぞ?」
「あれは・・拡声器ですよ!サイレンの!」
コーンの形をした拡声器が転がった。これで、サイレンの音はもう鳴らない。
窓は上にスライドし閉められ、事務員の顔は青ざめた。
「はあはあ(紙袋)。保険・・保険、効きますよね先生?」
「し、知らん知らん!」
「先生だって困りますよ?はあはあ」
「なんでだよ?お前が勝手にやったことだろ!」
収拾がつかない会話だった。
彼はドアを開けようとしたが・・・
「あきまへん!」
「だから!それはお前のこと・・なに?」
「ドアがあきまへん!」
ガタガタ揺するが、両側とも開かない。ウインドウも中途半端に降りている。
彼の声が震えてきた。
「どどど、どうしましょか」
「さあ」
「さあ、ってそんな。先生はいつもそうだ。薄情だ」
「オレが薄情?心外だな!」
「先生は外来終わってすぐ帰るけど、その後始末がどれだけ大変か!」
一瞬、沈黙した。
天井が微かに振動している。
「先生。どど、どうしますか」
「どうするって・・」
「どうしたらいいですか?指示を何か」
「しじ?」
「医学部でしょう先生?頭、働かして!」
「脳細胞は、学生生活で半分消えたよ!」
僕らはあわて始めた。予想したくないことが起きつつある。
事務員は後ろへと廻り、また戻ってきた。
「ダメだダメだ!後ろも開きません!」
「地下はないのか?出口!」
「ないですよ!」
「くそ!この天井!なんであんなことしたんだ!」
彼は無視し、窓の内部から斜め上方を見上げた。
レールがすぐそこに、むき出しになっている。
窓が開いてれば、間違いなく手が届く。
耳を澄ました。
カンカンカン、と鳴り出す近くの遮断機。
「先生。来ますよ!」
「言うなよ?言っても!」
「電車が!」
天井だけでなく、全体が上下に揺れだした。
事務員はギアを変えつつアクセルを踏むが、いっこうに動かない。
「先生、ガラス割れそうですな?」
「<割れそうですな>ってお前なんだよ?」
「割れるわ。これ絶対割れるわ!あのナース、降りてラッキーでしたよねくそ!」
彼は小さく縮こまった。
ガタガタガタ・・・!と揺れは激しくなっていく。
窓ガラスはキュウ〜・・とポットのお湯のような音で圧縮されている。
せっかく直した点滴や物品も、野放し状態で落ちだした。
「先生!このままじゃガラスが割れて、僕ら傷だらけですよ!」
「・・えっ?なに?」
「ヒッ!くる!(しゃがみ)」
ボンヤリして、聞いてなかった。
瀕死のはずが、走馬灯も何も浮かばない。
頭の中には、先ほどの<トムとジェリー>が繰り返し流れるだけだった。
互いに抱き合うのも1つの方法ではあるが、男同士はバケラッタ、いやイヤだった。
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