ES-MEN 19

2007年8月29日
数件の訪問を終えて、僕らは大きな屋敷の前にいた。屋敷の前にはコケコッコが何十匹といる。

「手つかずの歴史がそのまま残ってる家が多いな・・・」
僕ら3人は玄関を叩いた。

背後に、戻ろうとしている老人。背中に銃と小動物を抱えている。いかにも狩りの帰りだ。

「・・・病院の?」
「ええ。相原さん?」

じいさんは獲物を近くの籠にしまい、銃を家の壁にもたれさせた。

「わしは、どこも悪くないのに・・弟の差し金かな?」
じいさんは、ドアをガラっと開けて案内した。

大広間でバイタルを確認。聴診、採血に心電図・・・。

「タバコは吸うが、やめろと言われたら生きがいがなくなる」
じいさんは、優しい笑顔で答えた。

「あの町もこの村も、若い者は都会に出てしまって・・・バブルが崩壊とかいってるが、それでも戻って来ん。なんとかしてくださいよ。先生たちのお力で」

僕は聴診器を耳から外した。
「え?なんて?」
田中君は耳元でささやいた。

「あの町もこの村も若い者は都会に出てしまってる。はよなんとかせんかこのバカ医者が!」
「いいっ・・・?」

 じいは大きな椅子に深く腰掛け、手元のお茶をすすめた。家族は奥で待機している。鶴の一声を持ってる。他の家族は機嫌をうかがってる。たぶん遺産とか・・・アレなのだろう。アレ。

「先生らの病院は、以前はあの町の中心じゃった。それが人口の減少であそこまでになった」
「建て替えてまして。キレイになりますよ!」
田中君がゴマをすった。

「もうあと2つ病院があるよな?あれらはどうなる?」
「小児科病院と民間病院ですね。あ、ありますがあれらは・・」
しかし、田中君は続かなかった。

 前者は閉鎖が決定、後者は真珠会が乗っとらんとし交渉中だ。それは療養病棟という名目だが、実際はキープされた急性期病棟となっている。つまりさらに増床されたわけである。外来はやってない。真珠会が患者を引き揚げれば、とたんに破たんする仕組みとなっている。

「この心電図は・・・」
明らかに虚血の所見がある。以前のと比べても・・・

「こりゃ入院したほうがいい!症状は?」
「そりゃ、時々あれっと思うことはあるが」
「頓服薬だけでは、心もとない。カテーテルで確認する必要がある。田中くん。当院はいつになれば血管造影が?」

「えー。近いうちともいえますし、遠いうちかもしれません」
「どある・・・とりあえず入院のほうが」

 じいはちょっとムキになった。
「入院はせんよ!」

 すると、周囲から8人ほど集まってきてじいを囲んだ。こちらを睨んでいる。目で追い続け、うかがう。

 僕は田舎者のこういう雰囲気が・・生理的に嫌だった。

「薬を、適当に追加して帰ってください。わしはもう、いいんです」
「でも・・・み、みなさんは」
「(そのみなさん)・・・・・・」

 ノンレスポンス。仕方なく、僕らはいったん引き揚げることにした。

 外に出ると、周囲は森に包まれている。

 じいは1人で見送ってくれた。

「こんな遠いとこまで、どうも・・」
「いえ。やはり検査入院は」
「わしは病院で死にたくないんじゃよ。家族に囲まれて死にたい」
「死とは、そんな綺麗なもんじゃありませんよ」とは言ってない言ってない。

「このまま。とにかくこのままで。先生・・・<老人はもう要らん>っていう真珠会とやらの方針が、将来のためには正しいかもしれんよ。そうならざるを得んときが、きっと来る」
「僕らは、そうは・・・」
「いつか、誰かが君らにそうさせる。よりによって人を治す君らにだ」
「誰が一体・・・真珠会にはそうはさせません」
「さあ、それよりも大きいもんかもしれませんよ・・・」

 言葉に説得力があった。この人は何か・・偉い仕事でもしていたんだろうか。

 じいの言うことは分かる。寿命は延びている。しかし、寿命は競争ではないし、誰の権利のもとでもない。

 統計などの数字で管理しようとしているのは、僕らではないだろうか。

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