ES-MEN 36

2007年8月30日
 乗用車内、その画像が映る。

 その山の反対側から頭をヌッと出した黒の高級ベンツ。山頂で止まる。
 小さな牧場。ブタの鳴き声のようなものが聞こえる。

 車から出たハカセは、軽快に掘っ立て小屋へと入った。
 煙突からモクモク白い煙。

 しかし中は奇麗だ。新品のログハウスといった感じだ。
 長いテーブルに着席すると、大きなフランスパンがいくつも、それとワインも数本置いてある。

 やがてお盆を小さく構えて、小男がやってきた。老人で目がおぼつかない。しかし筋骨はたくましく、山の男っぽい。

「ハカセ先生。どうですかな」
「当院は楽勝です。それは問題ありません。彼らが不憫で・・・」

「ではその場合、当牧場を・・」ミルクを置く。
「大丈夫です。かなりの額で買い取りますから。動物実験場として最高のロケーションです」

「で、あの病院を乗っ取って・・・」
「ええ。真田第二は研究棟になります。この牧場は実験動物の供給地となるわけです」

 ハカセは自分の描いた絵を持ってきた。雑だがポイントは押さえてる。
 山頂に小屋。それが矢印で<実験動物牧場>と化ける予定。これは動物園としての町起こしもかねて、商店街もいくつか出店する。

 その下にニュータウン。人口密集地。

「このニュータウンに住む病院スタッフは切って、追い出したあと僕らのセカンドハウスに」
「商店街の者どもにも、恩恵があるとは驚きですね」

「動物や、患者関係の物品も調達。散髪に至るまでね」
「素晴らしい。需要と供給が全て成り立ってる」

ハカセも目がキラキラ輝いた。

「これこそが、我々の目指す本当の・・地域に根差した治療です」

 実質的には、一部地域の利権を重視した計画だった。

 ハカセは席を立ち、ゆっくり窓へと向かった。

「僻地を一大王国として蘇らせる、それが僕の夢です。ラスベガス計画とでもいいましょうか!」

 ハカセは眼を閉じた。

 もう5年ほど前。自分が働いていた研修病院が、真珠会に乗っ取られた。瞬く間に病院は営利主義となり、救急外来は全く選択の余地のない条件で働くことになった。

 理念に合わない医者はリストラまたは迫害され、医者がどんどんやめていった。軍曹も再起不能になり・・・過労死も出たが公表されなかった。

 ただハカセは研修施設の存続のため重宝され、論文は確実に海外でその名を馳せた。

 結局自分1人だけが残り、大学へ引き渡され・・・大学院生の論文をいくつもいくつも代筆した。開業医らまでがどんどん大学院に<編入>、次々に学位を取得。

 ハカセは大学でずっと使われていた。理想化である故に利用された。

 ハカセはふと、暑苦しい実験室の白黒テレビを見た。医局員らがみな集まった。

 その映像は2000年問題で活躍した、僕らの雄姿だった。

 ヘリが追う、高速道路のドクターカー。

 ヒーロー視する、医局員らの浅はかな目。ハカセは鉛筆を真っ二つに折った。

「僕の苦労が、僕の苦労がどんなものか判っているのか・・・仲間をすべて失い、潰瘍にもなってそれでも誰も助けず評価もなかった・・・こんなクソ論文を書いてる今でもだ。医学の実践は論文とは裏腹に、患者の死を横目に日本の医学は遅れをとり、つまらん医者官僚にその運命を委ねてる・・・患者さえ集めればいいという病院の増長。この国そのものが悪性腫瘍だ!僕はその腫瘍を・・・外からじゃない内部から治療すると心に決めた!」

 ハカセは、偽善者と決めつけた真田病院に対して、いつしか敵意をむき出すようになった。

「変えてやる・・・!まずは全国への見せしめコントロールモデルが必要だ・・・!」

 ドサッと袋の落ちる音で、ハカセは我にかえった。

 じいさんは大きな袋を肩に抱えた。
「よいしょっと。では、こちらへ」
「うん」

ハカセは、じいさんの後についていった。
「また、ここに来ますので。料金分、頼みますよ」
「やっときます」
「よろしく」

 実験の何かを依頼し、ハカセは牧場を去った。

 いらん携帯が入った。

「陸上部員が何か?」
「す、すみません」スーパー男らしくなく、動揺した。
「お楽しみは?」
「これからです。奴に恥をかかせて、いられなくしてやります!」
「実験中だ。切るぞ!」
「あっ・・・」(切)

ハカセの眉間にシワが寄った。

「ハイエナは舐め合ってろ!」

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