ES-MEN 48

2007年8月30日
 何日か修行して、小児科での恥にも慣れてきた。

 僕とジェニーは食堂で並んでいた。ジェニーは比較的うまくいっていた。

「小児はね。救急でも診てたから」
「すげえな。何でもできるな」
「何でも・・できないよ」珍しく気弱な返事だ。
「研修医のとき、図々しくでも学んでおくべきだったなあ・・・」

 オーベンがよく言ってたが、5年目くらいになると<一通りできそうな>変な自信がつく。しかしその後<やっぱりまだまだだった>と省みる。

 省みる医者は再起動できるが、そうでない医者はその自信に埋もれ、やがてそれが自分を裏切る結果となる。だがそこでもやり直しはきく。

 最悪なのは、埋もれようが悲惨な結果が出ようが、それすら感じることができない奴だ。つまり感受性、レセプターがない。

「それにしても。アカデミックな症例がないわね・・・」
ジェニーは新たな資格取得のため、珍しい症例を探していた。
「なんか自分が、これ以上伸びないような気がする」

「患者は選べんだろ。そんなの」
「専門医・認定医を5つも持つと、更新が大変なのよね」
「どある。す、すげえ・・・で、でも金がもったいない。そんな金があったら、ええとこでメシ食うわ」

 ジェニーは小食で、残りは僕のトレイに移された。

 近くのナースらがヒソヒソ話。楽しそうだったり白熱したり、そんな話があると田舎ものはすぐに聞きたがる。そこの彼らが話を盗み聞きしようとしてることも。

 ジェニーが本音を漏らさない分、僕もズルかった。お互い田舎の欠点を正直に述べて・・・どう考えたらいいか相談しておくべきだったのだ。お互いの感じ方を、鏡で照らし合わせるのを避けた。

「いよいよ9月か。この地域は内陸だけあって、そろそろ寒くなるらしいな。すると」
「急病が増える・・・!」

 近くのナースらが、慌てるように食器を重ね片付け始めた。

 僕らの会話は、今のようにぎこちなくなっていた。実は僕はジェニーの救急の件があってから・・・どこか過剰に警戒していた。

<もう、いいですか!>

 ホントなんだろか。あの噂は・・・。カルテでの経過は詳細にかつクールに書かれてはいたものの・・・。

 僕はその気になっていたことを、思い切って聞いた。

「ジェニー。今から言うのは・・あまり気にしないでよ」
「知ってる。あたしが当直の時、家族と揉めたことでしょ?」
「あ。うん・・・あれ、家族に問題があったんだろ?そういう内容なんだろ?」
「あたしの診療が間違・・・?」
「いやいや。それはない!田舎の人間はデリカシーがないだろ?」

「だって田舎の人間って。普段はろくに家族の面倒も見てないくせに、具合が悪くなったら目の色変えて、あたし達のとこに土足でやってきて・・・ふだん面倒みてますって。どうなんですか?一体どうなってるんですかって。こっちが聞きたいわよ!」

 声が荒げて、僕はヒヤヒヤと周囲を見渡した。

「それはあるよな・・・多いよな」
「ほったらかしにしてるのは自分なのに、病院に来たら、あたし達を目のカタキにしてる」
「そういう、目をしてたのか?」

「都会はみな生活の為に働いている人々。あたしは応援するつもりで働いてきたわ。田舎の人間ってお金とか相続だけ気にして、それにずっとしがみついてる。自分の力で生きてない。僻地はしょせん、僻地でしかないのよ」

「田舎気質は医者も食わない、か・・・」
「教えなくてはダメよ。甘やかしてはダメ。ここの人たちには。その点ハカ・・・」
「えっ?」

言いかけたのをやめて、ジェニーは立ち上がった。

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