ES-MEN 53

2007年8月30日
「西川の信号が、消えた・・・?」
ハカセは携帯をたたんだ。

 牧場のログハウス。夜中でも実験は関係ない。

「どうですか。ハカセ先生」例のじいさんがスープを運んできた。

「じいさん。ニューヨークで、航空機が墜落したらしいですね。今ラジオで・・・」
「飛行機が街中にですか?ありえない」
「今は何でもありえますよ。じいさん。アレの調子は?」

 2人は近くの牧場へ入った。1頭、囲いをされている動物がいる。

 じいさんは木の小窓を開けた。中からは洗荒い鼻息が聞こえる。

「そろそろ<消毒>の時間でして・・」
「ああ。より強力なのを持ってきたよ」

 ハカセはさきほどの袋を差し出した。老人はありがたく受け取る。
「より強力に?」
「うん。バンバン、消毒して!」


 表の牧場に出ると、台風のような突風が吹いていた。目を閉じても砂が入ってきた。

 暗闇に突風とは不気味だ。

「ぐわ!なんだ!」ハカセはうずくまった。老人は手をかざした。
「いきなり台風とは?」
「飛ばされますよ!」

 しかし正体は音で分かった。耳を連続して突き刺すローター音。

「同志か!」

 老人は手ぶりで誘導、だだっ広い広場へと走って行った。ヘリも続く。
 今のでログハウスの屋根の一部が吹き飛んだ。

 ヒュンヒュンヒュン・・とプロペラを減速しつつ、助手席の軍人が飛び降りた。

「こおれはこれは立派な牧場だなええ?老後住むにはピィッタリじゃないくわぁ!」
 軍服のスミは、ハカセの胸をドンとどついた。

「なんだそれは?肥料でもやるのか?」じいさんの持ったバケツを見て言った。
「ハカセ。この方は自衛隊・・・?」
「昔の同志です。問題ありません」

 牧場の一角、壊れかけた納屋のドアを開けるとそこには・・・
一頭の大きな豚、いや・・イノシシ。フゴッ、フゴッと隅で怯えている。

「さあさ。消毒の時間だよ・・・」

 バケツの内容を掃除機のような機械の中にうつし、噴射ボタンを押すと、ゾボボボ!と凄い勢いで灰色の液体が細く噴射された。ハカセはこの消毒を繰り返すことで・・・あらかじめ定着させた菌を、より耐性化させようとしている。

 そしてその動物自体が、今後のより斬新な実験をする上での菌の<供給源>となる。耐性菌の機序、薬剤の解明・・・その前により強い耐性菌を作りだす必要があった。少なくともVREを超える必要はあった。

「ピギィィィ!」

 闇で押しつぶされそうな動物を遠目に見つつ、スミは軍帽をかぶり直した。
「ニューヨークでテロリストの攻撃があった。これから戦争になる」

「行くのかい?よかったね戦争ごっこやってて」
「攻撃は日本でも行われるだろういつかは!そうなると思ってた」

「医者の仕事はおあずけだね」
「他人ごとではないぞ博士。この国もやがて業火に巻き込まれ、病院も野戦病院となる知ってるか今回の戦争で検査も薬物など輸入輸出がストップだ」

 ハカセは一瞬、とまどった。

「こ。興奮しすぎだもっとゆっくりしゃべって!」
「そおなると検査もできず治療もできずで治療はできない治療はおろか診断さえもそうなったらさあ江戸時代まで逆戻りだ私の知ったことか!どうする。ハカセ?」

 ピンときた。その事態はこれから間違いなく起こるだろう。海の向こうの出来事だと思ったら・・・。

「なあハカセその精製された菌をわが軍にもおすそ分けしてくれんか?」
「そう来ると思った。細菌兵器だろ?僕の作った菌を使ったって、抵抗力の弱い人間にしか効かないよ!」

「それでけっこう!病院自体が無抵抗の集まりだ。その菌を使って真田を<選択的に>滅ぼすという手もあるはははこおりゃ簡単だナイスアイデア!」

 ハカセは絶句した。研究者はこうやって心ない独裁者に利用されてきた。

 スミは半ば、あきらめた。
「しょうがないなま仕方あるまい貴様は日本の遺産だ殺すわけにもいかんしな」

スミは引っさげた大きなカバンをまさぐっていた。
「・・と。それと」
「忙しい軍人さんですね・・・」

 ハカセは携帯を取り出した。
「最後の交渉といきましょうか!」

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