ES-MEN 58

2007年8月30日
 僕らはとっくに目的の民家に着き、老人の長い話を聞いていた。
 胸痛を感じながらも、じいさんは話を続けた。

「何度も言うが。わしは行かん。もう帰ってよい。わしの家族はわしに長生きを望んではいるものの・・・生きればいいとしか思っとらんのだ」

 家族は皆じいの怒りを受け、遠く離れた大広間に下がっていた。
 たった今、トイレからジェニーが落ち着いて出てきた。

僕は、何とか説得を考えた。
「これは癌ではなく、血管が開通すれば良くなる病気です」
「癌なら、ほっとくのか?」
「え?いや。そんな意味じゃ・・」
「生きてほしい。それが家族の願いだと思います。家族だったら、その・・・」ジェニーはさすった。

 だが、じいは揺るがなかった。

「だがわしの人生だ。人が暗闇をくぐるとき・・誰が一緒についてくる?」
「それは・・・」
「死など恐れておらん。人は誰でも死ぬ。恐れて避け続けることに価値は感じない。むしろそれを受け入れるんだよ・・・」

 モニターの心電図が改善してきた。

「点滴中の薬剤がうまく効いてる・・・・血栓溶解剤が」ジェニーは涙目で滴下を見た。
「ヘパリンで継続して、しかし亜硝酸剤はそこまで予備がない・・・このままここにいると、いずれ点滴が底をつく」

僕はジェニーと相談し、本人・家族に話した。

「今は、この血管拡張剤のおかげで血管が開いていると考えられます。しかし時間が経てば点滴の在庫が底をついて」
「うん。だろな」じいさんは迷いない口調だ。

 家族はみな無言で、僕らをにらむ。

「当院はまだカテーテルは無理ですが。せめて入院という形で。大阪の本院で引き続き治療を」
「ちょっといいか。わしからの、最後のお願いということで」
「え?ええ」

「先生。この点滴はこのままして欲しい。それで終わりにしてほしい」
「しかし」
「いや、もうよくやってくれた。十分です。わしはこの家族から、家から離れたくないんです」

 とにかく、どうしても病院に行きたくないようだ。

 じいさんの周囲の家族が決意したように、一斉に泣きだした。
ジェニーは借りた赤電話で当院の状況を把握した。

「ユウキ先生。真田第二が攻撃されてるって!」
「なに・・・!」

 どうやら、ゆっくりする時間はなかった。

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