ES-MEN 63

2007年8月31日
 事務室では、事務長が警察の<問診>を受けていた。

「だから、何度も言ったでしょ!」
「ヘリコプター言うてもね。この町の目撃者はおれへんし」

「夜中で人口が少ないのに。目撃者など当てにできんでしょ!」
「そうだけど、証拠がねえ・・・」

「あの音は間違いない!病室の目撃証言じゃダメなんですか?」
「病気がある人でしょ・・・それにねえ、ヘリコプターですか?あれが飛んで行ったという記録もないねん」

 全く相手にされず、事務長は押し黙った。

 踊り場のジェニーはメールを受け、その指示通りに屋上へと登った。
 まぶしい朝陽を浴び、わずかによろめいた。それ以外に理由があった。

「メールの送り主は私だ女医先生」
背後に、軍服の男が立っていた。

「私はスミ。おたくの盟友、ハカセの旧友だ」
「何・・・軍人?うわ!」

 スミの真横、ヘリが一機立ちはだかる。屋上に止めていたのだ。

「聞くところによると、君は東京の救命救急で研修し、指導医にまで上り詰めたその才覚さけでなく美貌によって男どもをも手中に収め・・」
「何言ってんの?相手から来ただけよ。警察呼ぶわよ!」

 逃げようとしたジェニーの細い腕を、スミはがしっとつかんだ。

「ジェニー。だな。君はホントは孤独だ君のかついていた救急センターではいざというとき誰も助けてくれなかったそう誰も同志は君を見捨てたたかがいやされど自分の出世のために君はそれを誰にも言えず苦しんでいたここの輩もな!」

「・・・調べたの?そう」

「君が医療ミスしたのは知ってるふとした油断がきっかけだあれだけ激務ならいつミスするかは時間の問題だったでも君はへこたれなかった自分でするといったそれが却って自分の能力を超えてしまった能力と能力の間の<隙>という部分になスキは・・誰にでもある要は!それにつけこまれないかどうか」

「あたしは一生懸命やったわでも認めてくれなかった。ズルい人間だけが出世して」

「そこで君は帰りたかった以前の自分に周りがチームだったあの頃にそんなとき連絡があったそうここの品川事務長。我々は先手を打たれた彼は非常に頭のいい男だ」

「・・・・・」

「だがこの惨状を見ろ朽ち果てた建造物に廃墟の中身残ったものは偽善の仮面を被ったただ金目当ての連中だこの国の税金だけを食いつぶし!国の将来を考えてない年寄りへの正義に身をかける余りアメリカの!いいなりに成り下がった偽善者どもに」

「た、たしかに高齢者にこんな医療費注ぐのはおかしいわ」

「高齢者への憐れみかどうかは知らんが我々世代はこの先どうなる資産もろくに残せないんだこの我々が!この国の資産の半分強を隠し持ってる彼らに利用されていいのかそれこそ人間にとっての一番重い罪だ我々は・・我々の意志で生きる教科書は要らん。自分で作る!」

 ジェニーは、少しずつ心が動いていった。

「でも今となっては・・・ハカセらの仲間には戻れない」

「なあぜ言う私がここまで来た意味がない君を連れ帰るまでは!私は決してあきらめない君が戻れば!ハカセはこの病院をも救うだろう慈悲深い男なのだそして我々も選ばれた人種だ君と同様に!誰にも負けない選ばれた細胞のようなつまりES細胞だ例えるなら・・・」

「ES細胞・・・」

「まとめて我らはESメン!選ばれた万能細胞!それだけが・・世界を救える」

「選ばれた者が、世界を救う・・・」

 ローターがゆっくり回りだした。

風が吹き、ジェニーの美しい前髪が渦巻いた。

「・・・確かに、ここはあたしの居場所じゃない・・・ホントはどこでもよかった。あたしを必要とするのなら。認めてくれたらあたし、そしたら何だってするのに。それなのに、ここはあたしを否定ばかりして」

「せっかく飛び込んできてくれた君をないがしろにするような連中などほっておけ!」

 ジェニーは吹っ切れ、細く曲った腕を伸ばした。
「・・・・うん。行く!」

 脱ぎ捨てた白衣が大空へ舞い上がった。

 病院玄関前、ホーキを持った田中君が空を指さした。
「あーっ!あそこだァ!屋上!」

 白煙を巻き上げ、ヘリはポンポンポンポンポン・・・・とゆっくり上昇していった。

ハイな田中君は、ホウキを銃のように構えた。
「バン!バン!バンババン!ドッカーン!」

ふざけるのをやめ、PHSで連絡。子供らも真似して迎撃した。

声は事務にアナウンス。

『田中です!ヘリは屋上にいたようです!』

 カメラでも確認済みの事務長は、疲れ切ったようにソファに腰を下ろした。
「ああ・・・・そのようだな。何か、信じられんものなんだろうがもう・・何でもありうるから怖くない」

 彼女から、辞表メールも来た。そして・・・

 掲示板のドクター名鑑の1名に<バツ>印がついた・・・。

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