ES-MEN 69

2007年9月1日
 ハカセは会場を出て、ブオンブオンと乱暴運転。途中連絡が入り、喫茶店に寄った。

 店は寂れていて客もいない。やる気のないおばさんが無言で注文を取りにくる。

「自分はホットでいい」
「あたしも」私服のジェニーは周囲を警戒し、ゆっくり坐り直した。

「・・・なるほど。あの病院の構造は分かった」
「でね。でね。次は彼らの人物関係を教えたげる」
「乗っ取りは、スミらに任してるんだ。僕は実験とビジネスの関係で」

「聞いて聞いて。彼らね、人数少ないのにうまくやってるでしょ?」
「そこは事務長が優秀なんだろう?しかし、なぜ使いこなしが上手いんだ?」

「事務長がね。クリニカル・パスのスタッフ版というのを作ってて。患者の病室空き情報のほかに、ドクターらの予定・動向まで把握してるの。完全休養日まで作ったり。勤務が単調にならないように作ってんの。天才よ!」

「脳幹網様体を常に刺激し、大脳皮質を絶えず活性化というわけか。あの事務長は、もともと真珠会で働いてた人間だ。スカウト人事部で。ところで、ジェニー・・・」

 コーヒーが運ばれたタイミングを、ハカセは恨んだ。

「ジェニー。僕はまさか君が来てくれるなんて思わなかった。僕は・・・僕は実は君のことは封印してて」

 ハカセの感情が爆発した。気があるかもしれないことぐらいジェニーには分かっている。東京でもう何度も学んだ。地獄も見た。

「やあね。あたし、最初から戻ってくる予定だったのよ」
「そそ!それなのにどうして!君が戻ったのはどこだ!なんで真田に行った?あんなリベラルな空気を君は望んだのか?リベラルは貧困の特権なんだよ?」

「だ、だって。ぜひ来てくれって言うから・・・」
「内心、傷ついていたんだよ・・・」
「あ。知ってるでしょ?あたしが救急病院で起こした不祥事。新聞にも載って」
「でもジェニーの名前は発表されなかった。まして関西の奴らは知らないさ」
「世間知らずねハカセ。今はネットがあってすぐ広まるの」

ハカセはもちろん知っていた。しかしそれ以上に・・・

「僕だって、君以上にプレッシャーを受けてきたよ。弱い人間でないことを望んだ。すると楽になった」
「ハカセ・・・」

「それで分かったんだ。強い人間に思い知らせるためには、その上に立てばいい。君だってやればいいんだ」
「あたしでも、やれる・・・?」

ジェニーの瞳がうるんだ。

「そりゃそうさ!僕についてくれば!」
「つらかった!つらかったのよ!」ジェニーは感情失禁した。

「ジェニー・・」
「せっかく疲れた翼を癒すために、僻地で心を洗濯しようと思ったのに・・・こんな瑞々しい田舎なのに・・・人の心は表面だけ。体裁だけ取り繕って」

「ジェニー。都会も田舎も変わらないよ」
「なら、スタッフが彼ら町民を根本から啓蒙すりゃいいじゃない?」

「あ、ああ」
「でもそうしないのよ!ナースらにゴマすって小児科作ります!往診して地域に根差します!って・・・バカよ。それじゃ田舎の腐った心は変わらないわ」
「そうか。根本から、変える、か・・・」

 忙しい中、彼らにとって唯一ゆったりできた時間だった。

 ハカセはジェニーにを送り届け、花屋へ寄った。

「投票日に合わせて、医師豪舎に送ってほしい」
「へい」老婆は何度もうなずいた。金の威力だ。

「部屋一面を埋め尽くすくらい・・・」
「へい」
「彼女の心を、僕は何年もさぐってきた。今もそれは謎だ」
「へい」ばあさんは耳が遠くて聞こえない。
「しょせん、人の心は2つ以上ある限り、互いに盲目のままなんでしょうね」
「へへ、もうけもうけ」

「もうけん?そうですよ、ばあさん。そうだ。<愛のダブルブラインド(二重盲検試験)より>、とカードに書いてと・・・これでよろしく」

 スーツにバラを1本刺し、ハカセは外車にまた乗り込んだ。

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