ES-MEN 82
2007年9月1日 数日後。
トレーラーの調整が終わった。ハカセが手放し、僕らが安価で買い取った。助かった町議はじめ、重症・中等症の患者は真田本院までひとまず転院の方針に。
トレーラーのハッチに1人ずつ。中は2段ベッドが延々と並ぶ。
「ユースホステルより、いいわな・・・」
事務長は書類にハンコを押した。
事務長はケンケンで、やっとトレーラーの前に辿り着いた。僕は修理の様子を見ていた。
「院長代理。いちおう、契約解除のハンコを押してきました・・・はあはあ」
「契約解除?お前、初めから・・」
「いえいえ。更新するかどうかは、経営者の判断で」
「横綱は車イスで、重症だぞ」
「先生が院長を続けなさるなら、意見しときますが・・・」
「えっ?おれ・・・」
正直、田舎はもうたくさんだった。それに、まだいろいろやり残したことがあるような気がする。
「・・・・・いや、俺は」
「でしょ。小児科医の先生は残ってくれるそうで。内科常勤がある程度いたらの話ですが」
「横綱1人か。話は難航するだろな・・・」
僕らは次々乗り込み、慎吾は乗りこむ前にチラッと一瞥した。
玄関前に多数のナース、患者、子供たちが無言で立つ。
事務長はハンドルを握った。
「ゲート!開けてくれ!」PHSで連絡。
僕は横の人影に気づいた。
「・・・事務長!止めてくれ!」
車輪がズズズ・・と止まった。
みな見守る中、僕はコンテナ後部ハッチから外へ降りた。
外には、スッピンで棒立ちのジェニー・・とその仲間。ボロのような私服。
ワゴン車で、こちらへ駆けつけたもよう。挨拶か。
「あは・・・見てこのザマ。この服ジャスコで買ったの」
「・・・・・」
「真珠会が、こんな危険な奴らだって分かってたら私・・・私。だって先生だって、先生だって何もあたしに教えてくれなかったし」
「・・・・・」
沈黙で通したが、それが全てを語っていた。
「行くとこないんだもう・・・どうしよう」
「だろな」
「医者は、医者でしか生きていけない。ね、どっか先生の力で・・・ねえねえコネあるんでしょ?クリニックの先生とか知ってるって!」
「う、うう・・・」
そうか。それでこいつら来たのか。
ワゴンに1人、ハカセのような影がこっちをうかがっている。
恥ずかしくて出てこれないんだろう。
でも少しずつ許し始める自分がいた。
「残念ながら、期待にはそえられない!」事務長が知らない間に立っていた。
「事務長さん。そうだ事務長さんなら!」ジェニーはすがるように飛びついた。
「ねえ助けて!ハカセもたぶん、イエスマンでやってくれると思う!」
事務長は首を大きく横に振った。
「うちはボランティアでやってるんじゃない。まして敵だった人間を雇うことは、人道上、到底考えられない」
「なんでも!なんでもします!」
「たとえ1つでも、困る。あなたがよくても、皆が迷惑する」
「ひ・・・」
「あの日。安全神話は崩れて人間の何かが失われた。これからは私たちも、開拓より身の安全を考えたい」
砂埃が舞った。遠くの皆(スタッフや家族ら)は、まだ見ている。手を振るタイミングも考慮してるんだろう。
近くではキタノが両目を眼帯し顎で上を見たまま、せせら笑っている。
「へへ・・へへへ!ひ〜・・・ひょ〜ほほ」
僕は、何か言い残すべきだった。
「ジェニー。君ら。多くは言わない。頭を冷やせ」
「ねえどこか!どこでもいいから!」唇の血が痛々しい。
「君らのせいで、もう何人もが死んだ。君らの勝手な都合で。正直、テロと同等かそれ以上に始末が悪い」
「で。何が言いたいの要するに?」
「医者には向いてない・・・!」
向こうから、大きなダンプが走ってきた。
中から1人、研修医ぐらいの白衣が出た。
「ジェニー先生。先輩たち。行きましょう!研修医総勢、ついていきます!」
「・・・・・」
研修医は、僕のほうにおじぎした。
「先輩方がご迷惑おかけして、申し訳ありませんでした・・・僕は本院で待ってたクチですが。行き先を探しててやっと」
「・・・これからどうすんの?」
「上層部はみな、散らばりましたが・・・僕ら研修医の提案で、先輩たちをこの地から脱出させます」
「本州ではもうキツイかもな・・・・・海外か?」
「沖縄で、日本一の研修病院を立ち上げようかと」
「そっか・・・!」
「打倒、舞鶴で頑張ります!さ、ジェニー先生!」
ジェニーは妙に割り切った表情になった。砂埃を払う。
「いいじゃないですか!また違うところで教えてください!」
研修医の言葉で、ジェニーら先輩チームは泣き出した。
研修医らのダンプは後ろを確認しながら、ゆっくり発進した。
ジェニーやハカセを乗せたワゴンは、エンストしかかりながらなんとか発車。ダンプについていく。
僕らはそっと傷つきながら、余裕ない心をかばった。
「事務長。人間関係っていうのは元が濃いほど・・」
「ええ・・・あとあと面倒ですよね」
「ジェニーは。清い思い出で最後にしたかったな」
田中君が、壊れかけのピアノ模型を指で同じ鍵盤をトントントン、と叩いた。
「♪どおしてどおして、ぼ、く、た、ち、は、であってしまあったのだろお・・・」
トレーラーが再び煙を上げ、ゆっくり走りだした。
何か雰囲気的に・・すごく寂しいものを感じた。
トレーラーの調整が終わった。ハカセが手放し、僕らが安価で買い取った。助かった町議はじめ、重症・中等症の患者は真田本院までひとまず転院の方針に。
トレーラーのハッチに1人ずつ。中は2段ベッドが延々と並ぶ。
「ユースホステルより、いいわな・・・」
事務長は書類にハンコを押した。
事務長はケンケンで、やっとトレーラーの前に辿り着いた。僕は修理の様子を見ていた。
「院長代理。いちおう、契約解除のハンコを押してきました・・・はあはあ」
「契約解除?お前、初めから・・」
「いえいえ。更新するかどうかは、経営者の判断で」
「横綱は車イスで、重症だぞ」
「先生が院長を続けなさるなら、意見しときますが・・・」
「えっ?おれ・・・」
正直、田舎はもうたくさんだった。それに、まだいろいろやり残したことがあるような気がする。
「・・・・・いや、俺は」
「でしょ。小児科医の先生は残ってくれるそうで。内科常勤がある程度いたらの話ですが」
「横綱1人か。話は難航するだろな・・・」
僕らは次々乗り込み、慎吾は乗りこむ前にチラッと一瞥した。
玄関前に多数のナース、患者、子供たちが無言で立つ。
事務長はハンドルを握った。
「ゲート!開けてくれ!」PHSで連絡。
僕は横の人影に気づいた。
「・・・事務長!止めてくれ!」
車輪がズズズ・・と止まった。
みな見守る中、僕はコンテナ後部ハッチから外へ降りた。
外には、スッピンで棒立ちのジェニー・・とその仲間。ボロのような私服。
ワゴン車で、こちらへ駆けつけたもよう。挨拶か。
「あは・・・見てこのザマ。この服ジャスコで買ったの」
「・・・・・」
「真珠会が、こんな危険な奴らだって分かってたら私・・・私。だって先生だって、先生だって何もあたしに教えてくれなかったし」
「・・・・・」
沈黙で通したが、それが全てを語っていた。
「行くとこないんだもう・・・どうしよう」
「だろな」
「医者は、医者でしか生きていけない。ね、どっか先生の力で・・・ねえねえコネあるんでしょ?クリニックの先生とか知ってるって!」
「う、うう・・・」
そうか。それでこいつら来たのか。
ワゴンに1人、ハカセのような影がこっちをうかがっている。
恥ずかしくて出てこれないんだろう。
でも少しずつ許し始める自分がいた。
「残念ながら、期待にはそえられない!」事務長が知らない間に立っていた。
「事務長さん。そうだ事務長さんなら!」ジェニーはすがるように飛びついた。
「ねえ助けて!ハカセもたぶん、イエスマンでやってくれると思う!」
事務長は首を大きく横に振った。
「うちはボランティアでやってるんじゃない。まして敵だった人間を雇うことは、人道上、到底考えられない」
「なんでも!なんでもします!」
「たとえ1つでも、困る。あなたがよくても、皆が迷惑する」
「ひ・・・」
「あの日。安全神話は崩れて人間の何かが失われた。これからは私たちも、開拓より身の安全を考えたい」
砂埃が舞った。遠くの皆(スタッフや家族ら)は、まだ見ている。手を振るタイミングも考慮してるんだろう。
近くではキタノが両目を眼帯し顎で上を見たまま、せせら笑っている。
「へへ・・へへへ!ひ〜・・・ひょ〜ほほ」
僕は、何か言い残すべきだった。
「ジェニー。君ら。多くは言わない。頭を冷やせ」
「ねえどこか!どこでもいいから!」唇の血が痛々しい。
「君らのせいで、もう何人もが死んだ。君らの勝手な都合で。正直、テロと同等かそれ以上に始末が悪い」
「で。何が言いたいの要するに?」
「医者には向いてない・・・!」
向こうから、大きなダンプが走ってきた。
中から1人、研修医ぐらいの白衣が出た。
「ジェニー先生。先輩たち。行きましょう!研修医総勢、ついていきます!」
「・・・・・」
研修医は、僕のほうにおじぎした。
「先輩方がご迷惑おかけして、申し訳ありませんでした・・・僕は本院で待ってたクチですが。行き先を探しててやっと」
「・・・これからどうすんの?」
「上層部はみな、散らばりましたが・・・僕ら研修医の提案で、先輩たちをこの地から脱出させます」
「本州ではもうキツイかもな・・・・・海外か?」
「沖縄で、日本一の研修病院を立ち上げようかと」
「そっか・・・!」
「打倒、舞鶴で頑張ります!さ、ジェニー先生!」
ジェニーは妙に割り切った表情になった。砂埃を払う。
「いいじゃないですか!また違うところで教えてください!」
研修医の言葉で、ジェニーら先輩チームは泣き出した。
研修医らのダンプは後ろを確認しながら、ゆっくり発進した。
ジェニーやハカセを乗せたワゴンは、エンストしかかりながらなんとか発車。ダンプについていく。
僕らはそっと傷つきながら、余裕ない心をかばった。
「事務長。人間関係っていうのは元が濃いほど・・」
「ええ・・・あとあと面倒ですよね」
「ジェニーは。清い思い出で最後にしたかったな」
田中君が、壊れかけのピアノ模型を指で同じ鍵盤をトントントン、と叩いた。
「♪どおしてどおして、ぼ、く、た、ち、は、であってしまあったのだろお・・・」
トレーラーが再び煙を上げ、ゆっくり走りだした。
何か雰囲気的に・・すごく寂しいものを感じた。
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