「ああ〜月曜日か!だるる!」

 電車通勤で駅を降りて、歩くこと15分。

「ラビザミ〜ステリ〜・・・フフフフよ〜フフ〜」
時々、耳からこぼれおちるイヤホン。
「ラビザミ〜ステリ〜・・・」

 やっと病院が見えてきた。巨大な駐車場はまだ空っぽ。おっとその前に、大通りの赤信号を待たねばならない。

「・・・・・」

 日曜日は起こされずに済んだ。それがラッキーだ。人手が少なく、大学は人手をなかなか寄越さない。どこかで名義貸しの事件があって、それ以後渋ることが多くなっていた。

 ピッポー!ピッポー!と青信号。気が遠くなる距離を焦って歩く。

 大きなゴミも目につくが、拾う気力がない。私の仕事ではない、と今思ったのは自分か?

「トシを取ると、言い訳ばかりが口を突くものだよ・・・」

やっとエレベーターへ。受付けはシャッターしたまま。

 忙しい冬だったが、なんとか早朝出勤は守っていた。2002年1月。

 エレベーターを閉めようとしたら・・・

 タタタ・・・!誰かが思いっきり駆けて来る。殺意を感じ何度も「閉」を連打。

 しかし手が入れられ、ドアは開いた。
「うわっ!」
「いひひ」

そうじのオバサンだ。茶色いグラサンをしている。

「おはようございます」
「・・・悪い患者さん、いますんかい?」
「いや。いつもこれが日課で」
「沢田さんは、あれ以上治療するんかいな?」
「ちょ、何を・・」
「いやいや。気になってな。家族の人が知りたいって」
「やめてくださいよ・・・沢田さんはトシ坊の患者さんで。わぺっ!」

オバサンの持ち上げたモップが口に当たった。

「ぺっ!ぺっ!」
「おっとと!言うこときかんかいオラオラ!」
オバサンはわざとらしく、モップのせいにした。

「どある・・・!」

 医局をガラッと開ける。テーブルの上に、散らかったお菓子の袋に出前のラーメンの器など。
「食べすぎだろ・・この当直医」

 ソファの真下に、ペンやポテトチップ、ティッシュ箱が落ちている。
「てことは。呼ばれたか?」

 医局内には当直医が見当たらず、当直室の内線も不在。トイレも電気がついてない。どうやら病棟などに呼ばれているとみえる。本来、ここで申し送りを行うんだが。

 仕方なく、病棟へ降りることに。

 詰所は・・・ピロピロというモニター音のみ。モニターの脈はマラソンのようにやや速いが通常通り。モニター画面に反射する人影。しかしそれはスタッフではない。

「・・・・・」

 シローの受け持ち患者のじいさんだ。車いすに座ってる。脳梗塞後遺症で今回狭心症。カテーテル検査をではあちこちに病変があり、主要なとこだけ拡げた。ふだんの安静度(車いすまで)も考慮し最小限の処置となっていた。

 僕をずっと見つめている。点滴がつってある。

「そっか・・じいさん、また暴れたんだな。でももうすぐ退院だろう?」
 看護記録をサラッと見る。

<0時 不穏あり。当直医に連絡。「主治医へ連絡を」。主治医にTEL、鎮静剤の指示>
<1時 注射全く効かず。不穏強く抑制。30分後外れている>
<1時半 主治医に報告。つながらず。当直医に連絡。つながらず>

 おいおい・・なんで当直医が<つながらず>なんだよ・・・。主治医のシローも災難だな。

<2時 家族に電話。留守電。同室者より苦情あり。詰所へ連行>

連行とは何だ。連行とは・・・。

「あ、来た」
詰所の奥より、寝ボケた若ナースが1人。化粧が落ちて、まるで少年のようだ。
「来た来た。ヒーッ(あくび)。はっ!はっ!はっ!はは・・・!」
「どある。最後までアクビしやがって!」

ヒタヒタ、音が聞こえる。すると・・

「ああっ?おい!」
「へっ?」

気づいたとき、じいさんの下は小さな血の池だった。

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