廊下を出ると、ミチルはついてきた。

「あ〜だるいわ。あたしまで」
「あう?」
「深夜勤務からこのまま日勤よ。誰も夜勤、やってくれんかったし!」
「災難だな・・・さっきおい。点滴漏れがあって」
「それは別のナースの担当の話?」
「し、師長だろ?」
「夜勤のときは、あくまでも夜勤に徹しております」
「どういう理論だ?」
「当事者と先生での直接解決をお願いいたします」
「ドライだな・・・」
「人任せにしないようお願いいたします」
「くっ・・・!いちいち、ありがとう」

 こう答えるのが精一杯だ。

 ま、この女は怒らさんほうがええよな・・・。女を怒らしたら、手におえん。

 朝の8時40分。申し送り開始が近づく。師長はカブトのようにキャップを正面見据えた。
「さっ!師長タイムや!がんばろか!」
「どある。ついてけんわ・・・!」

廊下で、ずっと待ってる家族がこちらを見ている。

「あのう、ユウキ先生」
「あ。おはようございます!」確か夜にムンテラ(説明)予定だった家族・・
だがもう6人ほど揃ってる。

「さっきから、待ちくたびれとるんですが」
「え?あのたしか夜・・」
「9時って」
「夜9時?」
「はあ」
「ほお」
「ふん?」
「う?」
「は」
「ん」

 ミチルが腕組みした。

「先生。夜の9時と先生が伝えたはずが、朝の9時と伝わったということですか?」
「みたいだな・・俺はちゃんと」
「さあそれは、先生がきちんと伝えてなかったからじゃないですか?」
「なに・・・!」
「あたしに怒っても。さ、ご家族の皆さん。こ・ち・ら・へ」

 ミーティングルームにゾロゾロ入っていく家族たち。
詰所ではすでに申し送りが始まり、シローやトシ坊らドクターが勢ぞろい。

 多忙な外来を控えてはいるが、さきほどの間質性肺炎の方の家族だ。時間違いでも、せっかく揃ったなら説明すべきだ。

 ただ、ふと思った。キーパーソンにあたる中年女性は娘さんと思われたが、初回に説明した人と違う。

「あの・・・この間の方?」
「あ、あれは別の娘。あたしはその妹です。付き合いはありませんが」
「あ・・」
「それが何か」
「いえ」

 シーンと、真っ白な部屋が静まり返った。

 僕は怒りっぽくも、世の中には妙なあきらめムードが漂い始めていた。

  その前日、ツタヤで借りたミスチルの「優しい歌」。

 ♪しらけムードの僕等は 胸の中の洞窟に
  住みつく魔物と対峙していけるかな・・・

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