横でシローがにやけている。

「くっく・・」
「なに?またあれか?」
「5分くらいじゃないですか?」
「やれやれ・・・」

 よく泣く男だ・・・。

 5分後、医長は真っ赤な目で帰ってきた。

「では重症回診の前に。今日の新入院を」彼から僕へ。
「ザッキーが指摘した23歳と中年男性。どうやら同じ病院・・真珠会に入院してたみたいだ。うちの宿敵なので情報入手は困難だ。フィルムを・・・」

 各種検査をシャーカステンに。検査伝票も。後ろのほうで、放射線科医が暇そうに座っている。

「ああ!はいはいはい!ふんふんふん!」
「ないだろ?ペースメーカー以外は」
「所見はね!病名はスリーエス?」
「とは限らんだろ」
「じゃあ何?」
「だから。情報入手は困難・・」
「ははは。分らんのや分らんのや」

 医者の精神年齢は、かなり低い。これはおそらくこの職業そのものが・・学生の延長気分であるせいだと思われる。その分ナースらは、かなり若い段階で仕事意識を持たされるので逆のようにも思える・・と言うのは言い過ぎか。

「・・ということだ。ペースメーカーが入ってるんでMRIが撮れないのが痛い。検査は限定的で、近いうち退院する。精神科の受診も・・当院にあれば自然に紹介したいとこだが」
 このあと、これについてモめることになるとは・・・。そんな予感はしていた。

「中年男性は、島によるとTIAらしいが・・・脳の画像はラクナ梗塞あるけど古いもので。今回の症状は関係ないだろう。この人もMRIをうわ!この人もペースメーカー入ってる!」
 今さら知った。

 トシ坊はいろいろメモ。
「ま、刺青してますから。どのみちMRIは。早く退院させてください」
「ああ」

 これに関しても、大モメするんだが・・・。

 トシ坊はレントゲンを掲げた。
「今日、外来で挿管して人工呼吸管理中。の高齢女性。気管支拡張症があります。血液ガスで二酸化炭素が貯留してて」
「マイナートランキライザー(抗不安剤)が助長したんだって」僕はあてつけた。

「とも限りません。CTはないですが、けっこう広範な肺病変の影響でしょう」
「島のやつ・・!」
「大学の先生のせいでは・・・」
「かばうのか?変わったな。お前・・・」

シローが近くから囁いた。

「<お前>はやめてください・・・」
「わかったわかった。それ笑えるけどもよ!」

 僕は胸部CTを。胸水が大量。

「慢性腎不全。さっき入院。進行して心不全に」
「うわ!こりゃもう、アカンのとちゃう?」放射線科医が人ゴト風に。
「何が?」
「腎不全、けっこういっとるんだろ?」
「このCT、腎臓まで映ってるけど・・・委縮の程度で分かるか?」

 放射線科医は、じっと見つめた。

「か〜なりアトロフィックやね。クレアチニン8?9?」
「大外れ。3.6。そこまで悪ないわ!」

 僕らは一斉に立ち上がり、重症&新入院の回診を開始することにした。

 暴言のザッキーは事務長に留められ・・・ブツブツ言われている。放射線科医は僕らについてきた。眼科医もそうだったが、以前から<内科を教えてくれ>と気が向いたときだけやってくる。

 一部の者に警告したい。「教えてもらおう」という態度それ自体、学べる見込は少ない。ホントの体得とは、地獄を見て泣きを見て、初めて身に付くものなのだ。

 だが、僕らは一体どうしたんだ・・・。みんなチリチリして。疑心暗鬼のように火花を散らしている。付き合いが長くなると個性が出しやすくなるが、それは組織が自己主張のベクトルで乱されるってことか・・・?

 久しぶりに、手足に神経を集中する。皮膚の周りに見えない手袋。拡がる毛細血管。いきわたる血液。皮膚の外まで温まる。その手はやがて、この廊下の窓のサッシにも・・・。

 掃除のおばちゃんが後ろからつぶやいた。
「そこ、患者さんが吐いたとこやで。まだ拭いとらん」
「おわっ!」

 また手洗い。

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