超音波をさらに2名。内視鏡を2名。髪の毛の間間に、汗が湧いてくる。

「ふ〜・・・」伝票を書き終え。
「追加どーす!」ナースが新しい伝票・資料を持参。
「外来からか?」
「ブヒ」
「直接!俺に依頼するようにしろと!」
「ブヒ?そうするんですかこれから?」

僕は内線を押した。

「・・・もしもし?トシキ医長いるか?あ。お前か。あ、さっきの・・そうそう60歳のC肝(C型肝炎)の人。動脈瘤ありそうなんだよ。回ってないか?あ、あったか・・・うん。後日な。うんよろしく。それとおいおい!くそ。切れた・・・」

 数秒後、再ダイヤル。

「トシ!でな。今、依頼があっただろ。えーと。60歳男性。胸部レントゲン撮ってそのまま来てるけど。マス(腫瘤陰影)あるぞ?」

左肺門部に、腫瘍と思われる陰影。

「向こうの廊下にいる人だな。胸痛精査というより、オペ前評価になるな」

 菅原文太ふうの人。偏見かもしれないが、自分が診たことある肺扁平上皮癌の人は、そんな風格(しかめっ面っぽい)の人が多かった・・・のは偶然だろうが。

それまでのレントゲンを眺める。
「これまでのレントゲンは正面写真ばっかだな。やはり胸部のレントゲンは、2方向で撮っていく習慣が必要だよな」

大粒の汗が床で弾け落ち、僕は廊下へと去った。

 事務長が中腰で壁にもたれ、待っていた。

「何だ?待ち伏せか?」
「あ!先生!偶然!」
「隠しマイクはないだろな!」
「いえいえ!めっそうも!」
「用件は?」

事務長は小声で喋った。

「さっきの無断外泊しようとした患者さん。パチンコ屋にいましたが戻ってきました」
「連れ戻したのか?」
「パチンコ、負けてて。金が尽きるのを事務員が待って」
「どある。よく待ったな」
「カネを取りに、戻ってきたんですよ」
「説得した?病院の立場として」
「説明はしましたよ。ええ」
「なんて?」
「主治医の先生と、きちんと相談しましたかって」

僕は目が点になった。

「は?何言ってるんだおのれは?」
「い、いやだから。主治医の先生ときちんと相談して、退院してもいいということなら退院してもらいますって」
「相談?」
「検査のけ、結果を聞いて・・」
「だからな!検査自体を拒否してんだよ!」
「そ、それは調子が良くなったらまた受けるって」
「その人も!23歳も!確信犯なんだよ!」

はっと気付いた。興奮しすぎた。

「事務長。いいのか?こういう甘やかしは・・」
「そ、それは先生から説明されたほうが」
「嫌に、弱気だな・・」

僕は非常階段の踊り場まで追いつめた。

「どうしたんだ?事務長。いや品川。いろんな組織を渡り歩いて・・・大学病院の人事すらものともしなかったお前が・・その派遣すらクビにしたほどのお前が」
「・・・・・」
「何を恐れてるんだ?」
「恐れては・・・」
「も、ええ。お・・・」
「は?」
「雪・・・」

束の間の、感動だった。ちらほらと、雪が舞い降りる。

実は早朝から降っていたらしい。

それらの景色は、ときに人の心を許すが。

「いいや。ならんならん!」

単刀直入に、説得することにした。

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