詰所に入ったとたん、一斉に睨まれた。のはよくあること。

「ふ〜!医長は?トシ坊医長は?」
「・・・・」師長は無言で重症部屋を指差した。
「あそっか。入院が入ったもんな」

気を取り直したかのように、夜勤ナースが読み上げる。

「えー今そこに主治医が来ましたので、あとでご報告をお願いします」
「あのな。パルス療法の人。採血は結局」
「・・・・・」

中年ナースは固まった。

「カルテ見ても、そういう指示は出してない。当直医の指示だったのか?」
「はあ・・・まあ」
 
 師長の細いが遮った。

「アンタが突っ込んだら面倒くさくなるから」
「い?」
「あとはあたしが聞いとく」
「はあ・・・まあ」

申し送りが終了。みな散らばった。そういや他の医者が来てないな・・・。

「師長。他の医者は?シローもサボリくん(ザッキー)も来ていない」
「シロー先生は連絡なし。サボリくんは事務員とイチャイチャしてるみたいやで」
「なんでそんなことまで?」

廊下を向くと、そうじのオバサンがピースしている。

「情報屋が・・・シローが休み?」
「そうなんですよぉ〜」事務長が後ろにいた。
「その弱気な態度は。俺にこれから無理をお願いするつもりだろ?」
「おお!よくご存じで!」
「病院の事務長ってそんなもんだろ」
「いえいえ。先生は貴重な」
「商品だろ?」
「とんでもない!」
「将棋の<歩>だから。どうせ」
「いやいや」
「寝返ったりしてな!」
「やめてくださいよ〜!」
「で!はよ言え!要件を!」
「ははっ。シロー先生に連絡がつきませんで・・・このままですと外来診療が」
「俺は各種検査の担当だ。外来診療するヒマなんかないんだよ」
「ではどのように?」
「事務長だろ!しっかりしろ!」

僕は廊下へ出ようとしたが、モップで遮られた。

「ぺぺっ!きたね!何すんだ!いじわるバ・・・」
「あっ!今<いじわるババア>と言いかけた!」ばあさんはブンブン振り回した。
「どいてくれ!」

しかし事務長が背中から呟いた。

「外来はもう患者さんが溢れています・・・」
「俺の頭にも、怒りが溢れてる」
「ではどのように?」
「サボリくんに頼めよ。おいそれに医長は?」
「医長はこれですから・・・」

事務長は前にならえの仕草。視野が狭い、という意味で。

「トシ坊は一度集中したら、何も見えなくなるからな」
「サボリ先生は健診出張でして」
「医師会の?」
「医師会とのつきあい上、それはどうしても」
「医師会なんてな。付き合ってどんなメリットがあるんだ?わからん。ん?」

思わず、事務長の腕をとった。

「(一同)うわ!キモ!」
「おい事務長、手に血が・・・」
「はっ?」

事務長の右手は頑なに握りしめられていた。

「なんかはみ出してるぞ・・・?わかった!」
「やめてくださいよぉ!」

事務長の腕は反対にねじられ、反射的に手が開いた。
ポトン、と落ちたのは採血スピッツのゴム巻きだった。

「はれまあ?」
僕はサッと拾い上げた。
「・・・・・大学病院あて?って書いてるが?」

「・・・・・」事務長はたじろいだ。
「何やってんのお前?」
「な、何って。息・・・」
「ユーサノバ!正直に答えんか!さもないとアンモナイト!」
「これにはいろいろ事情が」
「とりあえず事務室へ行こう。事情聴取だ。仕事はそれからだ」

僕は事務長を犯人のように引っ張り、ゾロゾロ騒がしい外来待合を横切った。

みなの不機嫌な目が矢のように降り注ぐ。

「どうも最近、腑に落ちないことが続いてたんだ」
「先生。患者さんたちが」
「だから。はよ吐け。ただしカツドンは出んからな!」

バタン!と事務の奥部屋が閉められた。

思えばこれが、その後の自分の運命を変えたキッカケかもしれん・・・。

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