スピリッツの「上京アフロ」で似たようなネタがあるのだが・・・。
3年目のへき地勤務(プライベート・ナイやん参照)で、毎日過ごす休日のような日々。その中、職員食堂は無難な会話で溢れていた。
田舎は景色もいいし人当たりもよさそうだが、それはあくまでうわべだけの話。彼らは個人情報を探り出し、ワインのように寝かせるプロである(患者・スタッフ限らず)。
食堂で食べていると、入ってくる高齢ナース。
「先生こんにちは」
「あ、どうも」
「あらあら。ごはん、少ないなあ」
「いいんですよ。これで」
「いやいや。ええことない!」
無理やり、ご飯を追加。
「お医者さんが倒れたら大変や!」
「で、ではいただきます・・・」
「漬物!ソースに!これも!」
「あああ、いいですから」
沈黙。
「今日は雨が降って寒いねー」
「大雨ですね」
「でも向こうのほうはちょっと晴れとるねー」
「ええ・・」
「ほんとねー。雨降ったら晴れるしねー」
「・・・・」
「冬が過ぎたら春やしねー。どんどんトシ重ねるわ」
「・・・・」
沈黙。別の高齢ナースがニヤリとなる。
「あ、今、先生、笑ったで」
「え?笑ってないない」
「いいや、見た!」
「そっかなー」
「失礼やわ先生。レディに!」
「レ・・」
「あかんあかん。先生、困らせてまうで」
沈黙。
「先生。今日は帰ったら何されるんですか?」
「今日?今日はレンタル屋でも・・」
「彼女とデート?」
「い、いませんよ」
「あらら。そりゃいかん!」
「いいですよ。気楽ですし・・」
「親、何してるの?やっぱりお医者さん?」
「いえ。サラリーマンです」
沈黙。
「兄弟は?」
「あの・・・」
「趣味は?」
「・・・」
「お給料はどのくらい?」
「それはちょっと・・・」
「院長どれくらい?」
「ですからそれは」
「院長いつ辞めるんかな?」
「あの・・・」
根掘り葉掘り、聞かれていく。僕も反撃に転じようとする。
「ところで、そちらはどこにお住まいで?」
「なーいしょ!ごっそさーん!」
「(どある・・!)」
(数日後)
売店のおばさんが、帰り際に呼びとめる。
「あー、先生」
「はいはい」
「この子、どうねん?」
写真。1人たたずむが、ぼやけている。
「これ誰?」
「だから。どう思うねん?」
「ま・・・いいんじゃないですか(恐れ多くもそうではないが)?」
「ええんやね?」
「は、はあ」
「ええんやね?そうやね?よーし」
「はあ・・・?」
まるで<あなたのためだから>のように押し切られる。
「嫁さん、もらう気ないかいね?家はまんじゅう屋だけど」
「よめさん?」
「よう尽くしてくれるで~。成績も小学校ではトップやったって。そろばんはコンピューター並みやったって」
「そろばん、なぁ・・・!」
「容姿は最初だけ。あんたらだって、その日の効果よりその後の寿命のこと気にするやろ?」
当時、心はその地になかった。非常勤先の女医だけ気がかりだった。
「うーん・・」
「知っとる知っとる。非常勤先の女医さんやろ。べっぴんさんの。でもな、ああいう女は男を食うっていうで」
「く、くう?」
「ああほうや。ケツの穴まで抜かれてそれこそあんた、あっちの用が済んだらポイやで」
「どっち・・・?」
「やめときやめとき。この子がええって。あたしが会わしてやる!」
我に返る。
「ん~。い、いいですわ」
「なな!なんでぇ~!」
「こういうのはちょっと」
「どうしたらええの?もうあっちには話ついとるのに!」
「ごめん!だめ!」
走り去るところを、数人のスタッフが見ていた。
<翌日>
医局に入ると、パソコンを叩くガラスごしのドクター。
「君ぃ~。やるね~」
「何をです?」
「隅におけないな~」
「ちがいますって!」
「よりによって、売店のおばちゃんととはな~。熟女趣味か!ケッケッケ!」
「・・・・・」
田舎で錯綜する情報網。話はどんどん錬金術化し、黒も白、白も黒に塗りかえられていく。こうして僻地のドクターたちは、その口を永久に閉じていく・・・のか。
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