ここにも鬼。

2009年3月8日 連載
 以前、聞いた話を脚色。

 人手不足で崩壊寸前の、自治体病院。その医局会の雰囲気を味わってほしい。



 院長がしぶしぶ、喋る。

「え~。医局会の議題は・・・あ。自治体のほうからの要請です。夜間の救急は一件も断らないでくれと。断る医師がいて市民からクレームがあったと」

 他の数人医師、視線をあちこち逸らす。

 その中に、寡黙な中年医師(副院長)が1人。彼は愚痴一つこぼさないと有名な医者だった。「給料を貰えるだけでも有難い」というのが口癖だった。

「・・・・・」

 院長は続ける。

「皆さん、医者が2人、大学に引き上げられたばっかりで。かなり多忙な病院ではあるけど。残ったこの4人でこれ以上のパワーを出して。よりいっそう診療を充実させて欲しいと」

「・・・そのように、誰がおっしゃったんですか」

 寡黙な医師の眼鏡が光った。

「うん?」
「誰がおっしゃったんですか。自治体の方ですか?」
「うん・・・そりゃまあ」
「まあじゃなくて。先生」

沈黙。

「うん・・・町長と話してね。聞いたことです。残った4人がこれまでの6人分のパワーを出せば、乗り切れるはずだとね」
「はぁ・・で。院長先生はどのようにお答えになったんですか?」

 沈黙。南極の氷が少しずつ、しかしダイナミックに崩壊していく。

「僕?僕・・・・はい、まあできるだけ頑張ります、と。はは・・・」

 若手医師が呆れる。

「院長先生。この地域の医療を引き受けてヒーヒー言ってる現状なのに、人が・・・人手が減ったんですよ。人員の補充とか具体的な動きがないと、僕らもうこれ以上がんばれって言われても」
 
 失礼だとは思いながらも、言葉があふれかえってまとまらない若手。

「うん。うん。わかるよ・・・」

 院長、相槌。

「じゃ、医局会。このへんで・・・」

「ちょっと待ってください」

 鬼、いや、さきほどの寡黙な医師!

「みなさん、もう1回着席してくださいますか?」

 みな、改めて着席。寡黙な医師、何かふっきれたように言葉が出てくる。

「院長先生。今の、僕らの現状をご存じですか?まあご存じでしょうけど」

 いちおう、院長も彼らと同様に当直もし、外来・病棟もこなしていた。

「院長先生がですね。町長さんと話されて簡単に<はい分かりました>と簡単に答えているようですけど。院長先生は今後、どのようなビジョンを持ってしてそのようなことをおっしゃられたのですか?」

 みな、首を縦に振る(内容にはピンとこず)。

「ビジョン?」
「みな過労で疲れているのに、それにさらに鞭を打たんとする。ま、そういう仕事ですからね僕らの仕事は。弱音を吐いてるんじゃないですよ。でも今後ね、さらに厳しい状況になろうとしているのに、なんですかその自治体は。夜間患者を断るな?6人分やれ?」
「そ、そんな言い方では~・・」
「いえ。そういう風に僕は受け止めました。だって、現に僕がそう思ったわけですよ。それとも僕がおかしいのですか?過労の症状なんですかねぇ?」

周囲、苦笑いしながらもビビる。院長は困り果てる。

「だいたいね。そういう物の言い方しかできん奴らが自治体やってんですよ。そんな奴らのことハイハイ言ってるから。これ院長先生に言ってますからハイ。「うちがやります」とかハイハイ頭下げてるから、現場を知らない人間がのさばってですね。あれこれ指図してくるんですよ」
「ハイハイって、いやその、そこまでは」
「言ってます」
「いやいや」
「いいや。言ってる。院長。中国の王朝がどうやって滅んできたか知ってますか?ここはそれといっしょですよ!」

寡黙だった医師は、もう止まらない。

「院長だったらね。ま、患者を第一に考えると表では言うけども。それでいいんだけども。言いかえれば病院という企業の社長ですよ。その社長がね、社員つまり僕らですね。社員を守る発言しないでどうするんですか」

 近くで泣きだす女医。院長、顔が真っ赤。なんとか反撃。

「で、でもね。ここは自治体の病院だし。そこの経営の方針・・」
「どんな方針なんですか。理不尽な勤務組んで、現場も知らずに自分らだけ5時に帰って、そんな奴らにどんな方針があるんですか?そうだ。みんな。彼ら、ここに呼びましょうよ!町長、呼びましょうよ!」

 近くの若手医師、どこやらに電話。

「今すぐ来て!はやく!」

 寡黙だった医師は止まってない。

「ですので。院長先生。代わりの医師を早くよこしてください。それなら今回の発言はなかったことにします」
「いないんだよねぇ・・」指遊びする医師。
「私の知り合いにも、病院代わりたがってる医師は大勢いますよ。でもダメです。私への信用が落ちますから。おあいにく!」

 コンコン、と末端事務員。

「お呼びでしょうか・・・」

「入って。そこにかけて!」若手医師が椅子をすすめる。

鬼と化した医師、向かい合う。

「僕らにどうして欲しいんですか?」
「は・・?」
「は、じゃないですよ。院長から聞きましたけど。あなたたち、陰で何いろいろ指図しとるんですか?」
「あの、私は全然・・・」
「あなたでは話になりませんね。町長、呼んでください。いますぐ、ここに!」
「それはちょっと・・・」
「そうですね。0時までにここに来ないと、総辞職すると申してたと」

院長、焦って立ち上がる。
「あの、ちょっとあっちの部屋で。1対1で」
「はい?いいですよ!」

みな、そこに居残る。2時間が経過。

2人が戻ってきた。なんと、和気あいあいの笑顔。鬼だった副院長が笑っている。

「まあ、いろいろありますからね~!みなさん。すみませ~ん!ちょっと今日は僕もイライラしてて。中国の歴史の話で盛り上がっっちゃって。ま、お互い学ぶべきことがありましたね。今日は・・」
「ははは」院長もうなずく。

もちろんその雰囲気に納得できない、他のスタッフら。

 副院長が妙にしめくくる。

「ま、がんばりましょうか。頑張るしかないですからね!」

 この繰り返しにさらに人事が加わり、不満は闇から闇へ。

 しかしこういった会議で取り残された若手らは、着々と心の準備を始める。

「ほ~お。そうかい。よおく分かったよ・・・!」

 僕の周囲もこういうことが重なって、用心深く生きている。

 たしかに今の院長職の立場は、つらいと思う。(現場の)今後の現状をありのまま話してしまったら、ますます医者は去る。

 今の政治が、その流れを追いかけている。

 そういや潰れる前のある病院が、辞め際スタッフに最後のあがきで<歩合による臨時追加給与>みたいな話を出したとこもあったな。

 今でいう、<給付金>じゃないか?


 














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