舞台は、奈良の僻地病院へ戻る。
昼間。戦争など縁のない村。
ただ、村民たちは平和だけでなく、年齢まで共有しているようだ。
平均年齢60-70台。次の世代に乏しい。田舎がいくら村おこししようと、職が安定しないと意味がない。だが若者らの田舎離れには、もっと深く根ざしたものがあった。親の背中を見ながら育った彼らには、<トシ取りながら、ここで終わりたくない>という願望が強かった。
長寿社会が、彼らをより不安にかきたてた。医学は長寿の方向に偏り、QOLの意味さえはきちがえてしまっている。
ところでここ1年頑張った村の経済効果としては、コンビニ・スーパーがいくつか並んだことくらいだ。
夏。
医局では、いつものような平和な日々が続いていた。テーブルで向かい合わせる、4つの深いイス。4人とも昼寝状態だが、ただ院長だけが天井を眺めている。
真吾院長は、この1年でやや太った自分の腹と、天井を交互に見つめていた。数々の息吹きが聞こえる。
「(・・・・・・・この病院も、やっと軌道に乗り出した。村民の夜間受診が減少したのも、誠にありがたい・・・な!)」
と、ゴルゴ13風に回想してみる。
この病院に来てよかった・・・それはすべての医師が望むことだ。
外を見ると、夏祭りの様相だ。遠くの山に提灯が多数見える。当直はある意味楽しみだった。ここから夜景を楽しめる。
しかし、彼はどこか釈然としない表情だった。さっきから鳴ってる机の携帯のバイブにも、一切気づかない、というか気づこうとはしない。避けているとしか思えない。
「・・・・・・・・さて、と!病棟でも見に行くか!」
聴診器を首に改めてかけなおし、立ち上がる。
「横綱・・・おい横綱!」
グーグー眠る太っちょは、ムニャムニャ口を動かした。ハエが頬に止まっても動じない。
「弘田さん!・・・アパムさん!」
額の狭い小心者も、目覚めない。別に彼らは忙しかったわけじゃない。昨日は夜中まで飲み会があった。こじんまりと、それでも楽しかった。それぞれの夢を語った。
1つの夢が走りだし、それに酔うことさえできた。そこには無限の可能性が溢れ出ていた。それがまた仕事の頑張りにつながる。
寝ているあと1人は若い女医であり、気を遣ってそのままとした。近畿の医学雑誌を読んで募集で来てくれた、貴重な存在だ。この打算の時代に。
「ありがとうな・・・みんな。夢からは、覚ますまい」
まるで別れを告げるように、彼は医局をあとにした。
バイブの携帯が、とうとう我慢できずに落ちた。彼は気づかなかったが、打ちどころ悪く不吉に分解した。
パシーン、パシーン、とスリッパ音がエコーする。古い病院の匂いだが、これもいい。村長は近く、建て替えの希望も聞いてくれてる。実現できると院長は信じてる。
ただ彼は、ユウの言葉を今になってかみしめていた。
≪いい時は、いいに決まってるだろ・・・俺たちのおかげだと思うな≫
問題は、いかにその時<そうでないときのための備え>をするかにあった。
しかし、この院長の場合は・・・。
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