3階から2階へ。
詰所では笑い声がしていたが、やがてそれもおさまる。
「院長!」「院長!」カーテンの向こうから、中年とおぼしきナースらがキャップをおさえて出てくる。
「いいよ。出てこなくて」
「院長先生!誕生日祝い、これからするんですよ!」
「い、いいってのに・・・」
特別の日だが、彼は逆に曇った。
カーテンの向こうにケーキがあるんだろう。匂いで分かる。真吾はカルテを数冊取り出し、出した指示を再確認する。
「院長先生!ローソクつきました!」
「やれやれ・・・」
真吾はカルテを置き、カーテンをくぐった。だがその前、若いヘルパーが2人。彼らだけ雰囲気が違う。
「院長先生・・・」
「あ、あの件だね」
「はっきりと返事ください。どうしても今。今」
「うーん・・・」
カーテンの向こうが静かだ。やけに。ナースらとヘルパーの距離は知っていた。これは田舎も都会も同じだな・・・
「自治体には、きちんと申し立てたんだが・・・君らの待遇のことは」
「またダメなんですか。先生ちゃんとするって言ったじゃないですか!」
小声だが、鋭く刺す。
「わわ!わかった!で、でも。村長はいい人なんだ。きっといいように」
「いい人?そりゃ口約束は誰だって・・」
「この病院の繁栄のため、いろいろ努力してくれている。約束したんだ。そのためには、どうしても我慢しなきゃならないことだって。い、今の小泉首相みたいにさ。痛みを伴う改革っていう・・・」
彼らが全く動じてなく、続きをやめた。
ヘルパーのうち1人は爆発的に泣き出す寸前だ。
真吾は何としてでも、給与面でのもめごとは先送りしたかった。というより、実績を上げれば皆を説得できるという自信があった。というかその時を待っているのだった。医局では<律速段階>と呼んでいた。
真吾はポケットを探り、クシャクシャの紙幣の塊を出した。
「とりあえず。これで」
「えっ?また。いや・・・じゃあ預かっときますけど。い、今はこれでも・・・」
「分かってる。交渉はする。するよ。絶対!するから!だからちょっと」
逃げるように、いや彼はカーテンの向こうへ逃げた。
とたん、静寂からお祭り騒ぎに変わった。
「(ナースら一同)ヒューヒュー!」
「お~っ!」
真吾は平均40代にまみれたハーレム王と化した。
「医局のあいつらも、呼ぼうかな・・・」
「(ナースら)いいのいいの!」
実は、このイベント自体・・・どことなく不安を感じたナース側からの要望だったという話もある。真吾から、何か話が聞けるんじゃないかと。いい話にしろ、悪い話にしろ・・・田舎でもレアな情報は価値を持つ。
ゴロゴロ・・・と、外で雷の音。昼間のはずが、やけに暗くなる。
「やだ・・・洗濯物!」
ナースの1人が、そう遠くは離れてない宿舎に目をやる。
彼らのために建てられた新築の宿舎。家賃は自治体が負担。
・・・そのナースらは、外のヘルパーは気にしなかった。それだけで彼らの格差がみてとれる。
「(一同)ハッピバースデー!シンゴー!」
その名の通り、青いハッピが真吾の頭から被せられた。
「うおーっと!じゃあ!フーッといくか!」
あるナースがそれまでサンサンとついていた電気をリモコンで消した。
「・・・・?」
一瞬、赤い照明が動いて、部屋に入ってきたような気がした。
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