ゴリラがしゃべった。
「おれは、マキハラ医師。覚えてるか。あのな言っとくが。もう<マーブル>って呼ぶなよ!」
「覚えてます。で・・・何しに来たんです?」
「おいおい。その態度はないだろ?知ってるくせに~」
マーブルのことは前から知っている。その後ろの救急隊長も。
「藤堂・・・」
「呼びつけにすな!」星一徹ライクなじじいだった。これまで真田病院へ救急患者を理不尽に送ってきた。彼もよく覚えてる。
しかし今回は黒い救急車が1台。患者は乗ってそうもない。外車も若造ばかりのようだ。
「早く用件を・・・」
と言おうとしたとたん、黒い外車のパワーウインドウが5センチほど開いた。
「では、てっとり早く済ませましょう」
「・・・・・」
いちおう、声だけは聞こえる。
「確認します。返済期限は、貴殿の誕生日の1日前。つまり昨日です」
マーブルが、持っていた<賞状>を開き、真吾に手渡し指でなぞる。
「おらおら!そう書いてるよな!」
「公衆の面前で何を!」
真吾が奪い取る。
「病院に、いったん入ってください!」
<足津理事長>はマイペースにしゃべる。
「職員の給与など、一切の人件費は売上を担保としたその3割からを捻出。7割は<我々>の取り分」
「・・・・・」
「契約書にもあるように、ここ半年の売上げから頂くその額が一定額を超えてない場合・・・つまりその期限が昨日なわけですが」
「・・・・・」
「人件費を引くと、規定の4割にも満たしておりません」
マーブルは唾を吐いた。
「人件費、削ったら良かったんちゃいまんの?いん・ちょう!がっはは!」
「フフ・・・」
隊長は見下している。
「ノルマを超えられていないため、貸出し金額の全額返還を求めます」
「それは無理です」
「病院の名義は、この自治体ではない。あなたです」
「だから。無理です」
「あなた自身が、契約を買って出られています。契約は守って頂きます」
「・・・・・」
真吾がゆっくり崩れる間、他の医師らもかけつけた。目は完全に覚めてはいる。しかし院長ほどの緊張感はない。
「(医師ら)どうしたんですか!」
「待って・・・待って!うぁあ待って」
彼はキョロキョロ見回した。みな全てが自分を見ていて、目を逸らさない。
乾いた雑巾から水を絞るがごとく、真吾はただただ祈りのようなものに徹した。
パワーウインドウの向こうは、ただただ闇だった。
雷鳴がだんだん近くなってくる。足津の手下数十人は天を見上げ、見まわした。詰所だけでなく病院じゅうの窓が開放され、至る所から顔が出ている。
「担保となっておりました真吾院長の口座を見ても、返還は不可能と判断」
女医が手を口にあてた。パニックで顔の上下半身が不均衡となる。
「い・・・院長。経営権は自治体じゃないんですかぁ?どうして先生が背負うの?」
「どうなっとんじゃいこれは?院長!おお?」横綱も青ざめた。
院長は蚊のような声だった。
「自治体は、宿舎の経営以外とっくに引き揚げてたんだよ・・・」
だが声が小さすぎ、誰にも届いてない。
アパムは、彼らの後ろでもう泣きかけている。
「ひっ・・・ひっ」
謎の男は続ける。
「自治体が捨てた経営権を、真吾院長が受け継いで半年」
シャー、とウインドウが全開。
ガタイのいい、黒ぶち眼鏡の男が冷やかに見ていた。
「あなたたち。そんなことも知らないんですか?」
「(一同)・・・・・・・・」
みな、ショックを隠しきれない。
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