「お願いします。お願いします・・・!」
雨が降ってきた・・わけではないが、院長の顔の真下はずぶ濡れていた。
「頑張ります。頑張りますので・・・!どうか職員を・・患者さんを!」
彼も、実は院長として軌道を逸した時期があった。周囲のスタッフらからは不思議がられた。検査が増え、訪問が増え、病院がたちまち多忙になりかけた。救急も必要以上に受け入れ、極力常勤でやろうとはしたが・・・
長くは続かなかった。数週間もたてば、異様な燃え尽き感に包まれ自分を許してしまうものである。だがその達成感は売上に換算するととても身になるものではなかった。
人件費、あれを抑制すれば・・・あるいはリストラを。しかし、そうもいかなかった。自治体がこの病院を投げ出しそうになったとき、彼は仕方なかった。この病院が潰れたら、困るのは患者だけじゃない。
いや、最初は患者のために尽くせばいいと思っていた。ところがここのスタッフの皆はそれぞれ独自の生活がかかっており・・・突然終わらせるのは家族の崩壊や、いくつもの悲劇につながるものだった。
まるでリストラされて家族に何も言えない父親のように、彼はつくろうしかなかった。でも手段が、経費が、金がいる。あまりにも現実そのものである、<カネ>だった。それを口にしなかった時代が愛おしい。
そこで、彼はネットを通じてある存在を知った。
<ファンド>の存在だ。沖縄へ流出したハカセらがそこに頼った。
ファンドを通じて病院を経営すれば、みなの生活も保証され続ける。ただ、突破しなければいけない難関があった。だがそれは遠くの目標に思えた。明確な計画もあった。だが先ほどの理由で達成には程遠かった。
マーブルは、値踏みする。
「おーっ。これが、真田の連中やイノシシが滑走した緊急通路か~。へ~!」
巨大な滑り台のシートを、はぐる。
「おれも、滑っていいか?」
「我々のものです。触るのは厳禁です」と足津。
「はいっ!」
藤堂は、朱肉を差し出す。
「さ。も、観念せいや。院長先生・・・もう見てられへんで」
「・・・・・」
「家族を食わすのは、大変やわな。俺も、よう知ってる。俺だってな。娘を1人で育ててきたんや。生きるためなら何でもやる。だが職場では誰かの指示に従うだけや。マンマのためや仕方ない。でも誰かに必要とされてるから、何でもやるんや人間は」
真吾は震える指を、朱肉に押し付けた。
「うぅ・・・うぅ・・・・やっぱ。やっぱしないといけませんかうぅ・・・」
「せやな。男としてやらないかん!ケジメは!」
父親が諭すように、藤堂は指をグリグリと押しつけさせる。やがて、書面を改めて見直す。
「譲渡、完了しましたァー!」
藤堂の顔が凶悪に豹変した。
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