とある小型の民間病院。
さっきの誰かのように、天井を見上げている医者が1人。だが、彼女の心中は全く違うものだった。
ますます肥えたミタライ女医は、真っ白な天井をしばらく見つめていた。薄暗かったのも、徐々に晴れてきている。夜と昼の長さが逆転しつつあった。
「あ~。ヒマだヒマ・・・ひまとうちょくだよ~」
女医は、メタボな腹をぽんぽん叩いた。
「な~んも、することねぇしょ~」
だがむしろ、そういう病院の寝当直を選んだのは彼女の方だった。ある程度経験がいくと、いろんな融通がきく。大学病院の院生どうしでアルバイトの連携をうまくやれば、バイト代だけで月100万も可能、というのが彼らの間での話だった。
院生の1年目で理想的なデータを出し、あるいは<もらって>2年目で論文を完成させれば悠々自適。一刻も早く大学を出るための技術習得にあてればいい。臨床や実験で主人公をはれない分、それなりの特権はもらう・・・そんな考えだった。
しかし実績はあるほどいい。そのためにはいろんな実験を並行させ、教授へのサプライズも用意できる。何より出世のプラスになる。
今のように暇なアルバイトがあれば、それを実験データの解析にあてられるし、金もできる。
「もしもし?」うるさい電話を取る。
<救急要請がありまして>
まだ早朝、いやもう早朝だった。
「はぁ。あたしもう帰りますから。大学でカンファレンスがあるんだし。常勤に聞いてください。てか断って!」
反射的に、鞄をフルにしていく。持ってきて結局読まなかった本たち・・・。実験データ、論文の寄せ集め。
<はぁ。こちらは断ったのですが。うちは救急指定でもありませんし。なんでも・・・>
事務員はあくまで事務的。よその病院だし、顔も見たことない。
「なによ?」
<ミタライ先生が、受けると要請してきたとあちらさんが>
「なにそれ?あたしが?うそよ?あちらさん?」
ほどなく、サイレンが天空をシンクロしてきた。いくつもの音が重なるように。
「そんなの。そんなの言ってないよ」
落ち着かず、テレビを消す。
「ひ、引き継ぎのドクターはもう来た?はっ?」
カーテンの下、職員駐車場はミタライの軽自動車のみ。
日光側のカーテンを開ける。朝のまぶしさ。ここの常勤はもうやってくるはずだが・・・。
<それが。携帯もつながりませんなぁ~>
「かけてよ何回でも!クソはやく来いよ~!んも~!」
彼女の焦りは本物だった。救急を受けた経験自体、あまりない。ここ数年、実験にすべてを託してきた。夜間の救急などもうまく<かわして>きた。
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