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2009年6月10日 連載

「ウッソー!」

 ミタライはすでにパニクっていた。救急を1人で診るのは正直久しぶり。これまでは副直などがいて、ほとんど彼らに頼っていた。

「脈がこれ触れない。触れないよね!ねぇ!はーはー」

近くでナースが突っ立っている。どう見ても普通のおばさんだ。

「ぼさっとせず、手伝って!」
「あたし。耳がよう聞こえんもんで!もっとおーきな声で!」
「・・・・・」

衰弱した1人目の老人、点滴確保。
「そうだ。ここ検査ってろくにできないんだよね・・・転送しよっと!ええっ?」

2台目が、近くの玄関に。

「ちょっとちょっと!なぜ!」
彼女が走ると、ハッチがもう開いている。

がっしりした隊員がベッドを引きずりだす。藤堂隊長だ。

「はい!はよ診てくれよ!ふとっちょお嬢さん!」
「ふとっちょ・・・!」

ベッドはガラガラ、と脇をかすめて狭い処置室へと運ばれた。

「ここは救急病院でもないし!早くよそへ送るのよ!」
「はぁ?聞こえんなぁ?」
「あたしは医者です!」
「うるせぇ!酸素や点滴ぐらい、あろうが!」
「ひっ!」

言葉の暴力に、彼女はのけぞった。

「お前!医者だろうが!わしは藤堂!逃げも隠れもせんわ!」
またもや星一徹ライクなじじいだった。ここにも現れた。

 すかさず、3台目が到着。御手洗は力なく2人目に駆け寄る。携帯の手は耳に固定。
「もしもし大学病院?医局のそう!内線つないで!早く回してよ!」

そうこうするうちにも、患者の容体が変化している。

「んも~!」
呼吸困難の高齢患者。起座位。背中を丸めている。それだけ息苦しい。

「点滴したら、よけひどくなって。はぁ!」
「はいはいはい!わかったらから!しかしなんでここに!」
「はよ、ようしてくださいや!」
「はいはい!」

壊れかけの超音波プローブ。バイブみたいに振動。

「こんなのしかないんか!」

 胸水確認。重度の心不全。するべき処置が10ほど浮かんだが、1人で全部やるとなると気が遠くなるものだ。

「尿道バルーン!おしっこの管!」
「管?」ナースは茫然としている。
「何ができんのよ!あんた!あーバカいや!バカバカバカ!」

ミタライはグルングルンと回った。

4台目。意識障害。呼吸が過大。

「あたしに恨みでもあんの!」
「かもな!」隊長が呟いた。
「なにっ?」
するとベッドが御手洗の腹を直撃した。

「いたぁ!」しばらく、うずくまっている。
だが、誰も彼女に時間など与えない。

次々と聞こえるサイレン。処置が後手後手に回っていく。

折り返しの電話がった。
「もひもし医局長?野中先生ぇえええ!」
涙と鼻水が口に入った。

 受話器の彼方、ノナキーは小さく飛び上がった。学生・研修医を多数従え外来患者を診療中。自らパソコンで操作中。

「こんな時間にかけるな!用なら早く済ましてくれ。こっちはまだ、さばききれん」
<助けてくだかい!助けはさい!>

ろれつが回ってない。

「ミタライ!医者なら自分を助けるより、患者を助けないか!カンファレンスはもう終わってしまったんだぞ!」
<よこしてください!誰かよこして!>
「よこせって、お前・・・!」

しばらく、ガタガタ音だけ。

ノナキーは困惑し、切った。
「あの女。何を・・・島。彼女、ヒステリックだったよな?」

助手の島が向かいでパソコンを打ち続けた。

「女医はみんな、そうっしょ・・いや、そうでしょ」
「再教育せんといかんなこれは!一大事だ!今度、女医だけ集めよう!」影の教授は小さく怒った。
「院生の奴ら、バイトしすぎっすよ?これから制限しましょうよ。よし、学生。これ教授に回せ!」

さらに下っ端が書類を受け取った。

 島は院を卒業し、万年助手街道の途中にある。ミタライの上司。ノナキーの太鼓持ちになるのは、年功序列的な宿命だった。


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