向かいの真田病院。
ユウが呼ばれてかけつけると、ノナキーが2階事務室で待っている。白衣がなくスーツだ。
「あれ?ノナキー?大学の医局長が、またなんでここに?」
「はは。またとは何だ。またとは」
<よそ者>がはるばるやってきた。深い事情があるとみた。多忙な人間が勤務時間を割いてやってくるには、必ず何かの打算がある。
ただ、ノナキーの表情はどこか安堵している。まるでユウが何か知らないのを見て安心しきったように。
誰にも聞かれないカンファレンスルームへ向かう。ガラスごし、1階の大広間を見下ろす。
「3人分滑り台に、下は大広間か・・・もうかってんだな。真田は!」ノナキーは何度もうなずく。
「大広間といっても、緊急時は救急室に早変わりなんだよ」
「うちも、この構造で正面を固める考案がある」
「・・・で?」
廊下を歩く。
「大学が忙しいのはわかってる。こっちはこっちで、精一杯なんだ」
「大学のスタッフ以外にも、こうして協力を要請してるんだ。非常救急体制に備えて」
「震災の備えか?」
ピタッ、とノナキーは止まった。
「そうではない。救急車ラッシュの1件は知ってるよな」
「ニュースで見た。当直医が重症だって?ICUだとか・・・?まさかお前の、いや俺たちの医局の人間なのか?」
「ま、まあな・・・・」
「死人でも出たら、一大事だよな・・・」
軽率な一言だった。
ユウはまさかその医師がかつてのコベンとはまだ知らなかった。ニュースでも名前は出ていない。ネットにもその情報はない。
ノナキーは、非常に心苦しかった。辿ると、もとはといえば・・・だが今回は交渉の第一歩だ。
ノナキーは咳払いし、話題を避けた。ちょうどよい具合にカンファレンスルームが開いた。真っ白で、4机・1テーブルのみの部屋。
「ユウに相談したいのはな・・・」
「誰も犬もいないから。さ。さっさと!」
「じゃ、単刀直入に」
「ほいほい」
ノナキーは鞄から冊子を出した。数十ページある。
「万一の危機に備えて、このマニュアルを」
「こんな分厚いの読めるか!要点だけ言え!」
「わかったわかった。医者を借りたい!」
「なに?」
「人手がないんだ!人が・・・」
ノナキーにしては弱気な発言だった。
「あの事件から、同様のケースが数件。それも営業破たん寸前の病院に、俺たちの同志が非常勤として当直してる、そのときにだ」
「救急を受け過ぎたのが、そもそもの間違いだろ?」
「同じケースが起きたんだ。あれからも。何の連絡もなく、何台も救急車が来るって事態。考えられるか?」
「だから言っただろ。俺たちはしょっちゅうだって」
「そうだったか?」
「空耳だったのかよ・・・」
ユウは動じない。
「お前らも教訓にすべきだったんだよ」
「それは分かってる。ただし今後このケースが増えれば、厄介だ」
「でもおい。大学は人が多いんだから、困った病院があればそこへ一手に送ればいいじゃないか?」
「その医局員が減ったんだよ!みな恐れをなして・・・」
「お前のカリスマで、何とかしろよ」
「新入医局員だって、入る見込みがない!」
「うちも人手は心配の種だ」
「そっちにだって、今後人材を提供はできなくなる!」
「脅しか?」
ノナキーは溜息をつき、マニュアルの中間部を開いた。
「真田病院の常勤をいきなりこちらへよこせ、とは言わない。ただ、1ヵ月以内に派遣医師を3名要請する」
「3名もいっぺんにか?無理無理」
「交代でだよ。お前とトシ坊、シローの3人をローテーションで」
「それは断る。メールで伝えたように、シローは寝返ったし、これでうちが一時的にも1人失えば、うちが病院として機能しない」
ノナキーはメモを見た。
「1人、さらに新規採用と聞いてるが」
「医師会が探す分か。どんな奴かも俺は知らん!」
ノナキーは時計を見て立ち上がった。
「言っとくが・・・・・・医師の派遣の権利が、こちらにあることを忘れるな」
「なにをっ・・・・!くそ」
ユウは小窓の外、松田クリニックを指さした。
「・・・シローはあそこだよ。あいつ、まさか。信じられんよ・・・」
「すこやかクリニック。OBの松田先生がわざわざ移転とはな。なんでまた、お前らの病院のドマン前に?」
「潰したいんだろ。俺たちを。で、ここを乗っ取る気だ」
「一連の勢力とは、関係ないのかな?」
以前、夢描いた国道の上の橋渡し。それが別の意味で現実になるかもしれない。
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