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2009年6月14日 連載
 
松田クリニック、営業1週間目。例によって院長は9時過ぎても来ない。だが一方のシローの机上のカルテは乏しい。シローは院長の山積みカルテを恨めしそうに見た。

「しかし、これとこれ・・・は救急っぽい。早めに診てあげたほうが」
「・・・・・」藤堂ナースは腕組み。
「僕が、代わりに診ます!」
「規定外の行動です!」マスクの上、冷淡な微笑に見える。

「問診のこの表現は呼吸困難っぽい。字も震えてる」
「方針を決めるのは院長です!」シローの腕をがしっと掴む。
「あたた・・・!」
「組織のルールを守ってください」
「ぐああ!なんて力だ!」

 やっと放すと、白衣にめりこんだ痕。

 シローはうずくまった。ほどなく、院長が登場した。

「は?シロー。何座ってやってんだ?覗きはいけませんな。のぞきは。早く仕事をやれ仕事を!」
「たた・・・こ、このナースが」
「お前のタイプか?」
「・・・・・」

カーテンをあけ、問診票を覗き込む。

「ん?これは・・・呼吸困難とかおい、そういう患者が来たならシロー!さっさと診に行くんだよおい!」

ブウン、と聴診器を振りまわし、松田はカーテンをくぐった。

事務方が入ってきた。

「シロー先生!救急をお願いしますと!院長が!」
「結局か・・・は。はい。え?さらに搬送で来る?」

起きぬけ、藤堂ナースをにらんだ。表情は動じてない。

藤堂は何か察した。
「さて。<シロー>のお手並み拝見といくか・・・!」

 シローは話しかけてくる患者らの波にもまれた。
「と、通ります!すみません!」

やっと出た玄関。正面、ライバルの真田病院がそびえる。

「うっ・・・」

 内部はのほほんとした雰囲気に思えた。自分がいた病院を遠目に眺めるのは初めてのような気がする。はっと彼は自分の立場に戻った。

「どうして僕は、こんな夜逃げみたいなことを・・・」

 さきほどの来院患者は軽症で、すぐに片がついた。

 感傷の間はなかった。すかさず救急車が3台、飛び込んでくる。
「うあっ?」
 間一髪、バンパー体当たりをかわし、シローは構えた。

「なんだ。事前の情報はないのか?でもいつものことさと思えばいい!」
後部ハッチが3台、同時に開いた。
「5秒を1秒のつもりで乗り切れば、救えるはずだ!」

 片膝を曲げ、スチャ、と背中のチューブに右手をやった。左手は腰のポーチ。

 ピキイイン!とポーズが決まった。

 藤堂は後ろで口笛吹いた。

「ヒュー。暑くて惚れんじゃないのよ・・・」


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