名誉教授の息子の病院。個人病院で、すでに不渡りが1回。高齢者患者は多いものの、人件費で食いつぶされていた。家族経営によるツケだ。病院経営者の家族・親戚となると、甘やかされてきたせいかニート同然の者も少なくなく、彼らは<安定した職>を求めて家族にすり寄る。外への野望を抱かなくてよいのだ。
以前はそれでいけた。しかし銀行の監視などが厳しくなり、ようやく会計的なものを見直さざるを得なくなった。だが実際は、もうどうしようもなく旧態依然としたその世界を守ろうと、必死にしがみつくのが大半だった。
院長室。息子は机から、ソファの医者を見下ろしていた。
「肉と魚、どっち?」
「はぁ。自分、料理はいいので」
「まぁまぁ。最近の若い医師は、ポイント重視だねぇ。ホントの会話というのを、僕はしたいんだけどなぁ~」
「他になにか?」
「・・・・・」
今どきの若手医師だった。眼鏡の彼はさっさと切り上げて、もう大学へ帰りたい。
「じゃ、もう失礼させて頂きますので」
「待って・・・おい待て!食事はもう用意させとるんだから!」簡単にプチ切れた。
「カンファの準備が!」
「ほらまた大学人間の言い訳だ。カンファカンファ!かんふぁばかり!新教授になってから、ますますこれだ!」
「ですが。さきほど言いましたように、自分は、ここの跡取りには!」
「わかっとるわかっとる!でもな!聞けい!」
「?」
「いいか!この病院は貴様が赤ん坊のときから貢献してきた病院だ!そんな病院に悲惨な末路を辿らせるつもりか?」
「僕には関係ないことです!」
若手医師は立ち上がった。
「ここの噂は、インターネット掲示板でも見たんです!」
「いんたーねっと?そんなとこの情報など!」
「<非=火>のあるところだから、煙が立つのです!そう書いてありました!」
「あ!」
若手医師は裏口へと走って行った。
「ぬぅ・・・!あいつ。新教授に吹きこんでやる!」
院長室に戻ると、いきなりずっこけた。
年老いた会長が、杖にアゴ当てて座っている。寝てる・・ふりだろうが。
「これは!これは!ご存じですよ!真珠・・・」
「シッ!」空を切るように、会長は人差し指を横に振った。
「ひょっとして見つかりましたか!」
「・・・」
「いやあ。今ちょうど、院生を説得しとったんですが。しかしあれですなあ。今どきの院生はアルバイトばっかりで。非常勤しまくってあちこちフンを落して困りますわ。女にもツバつけまくっとるし。女医に子供でもできたら産休取られてこっちはカタなしですわ!」
何の反応もない。
一見高慢な会長だが、今では足津の駒の1つにしか過ぎなかった。かつて真珠会でカリスマ的な理事もつとめたが、膨大な借金を抱えすぎ・・・銀行もとうとう渋り始めた。いや、その都度銀行の言うがまま病院拡張も進めてきた。
なのに、銀行が手をひっくり返してくる。奴らは悪魔だ。悪魔の手先だ。ならばこちらは手先とならず、その上流に身を任せよう・・・。実質的な経営権をファンドに譲り、彼は大株主におさまった。彼にとって理想の老後だ。自分の足元で回路を作って、間からこぼれる利益を頂き続ける。
彼はこう記す。「破れたこの国をそれでもと信じてきた、その代償」と。
<信じさせられた>、じゃないのか・・・?
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