<救急要請、2名。トシキ医師、桜田医師。お願いします>
事務、田中よりアナウンス。斜め前方、滑り台の頂上で待機する2名。うち1台の椅子が、斜め下に傾いた。トシ坊が座ってる椅子だ。
「情報からすると、CO2ナルコーシスだ。君が新米だから言っとくが、むやみに挿管ばかりにこだわるな」
「はい」間横に、まだ椅子が傾いてない女医・・・新入りの桜田。
「これは練習だと思え」
「できると思います」
「できるのが義務だ」
トシ坊の椅子がガタンと引いたかと思うと、トシ坊は直滑降で両ひざを曲げた。
桜田は、だんだん小さくなるトシ坊を見送った。
「桜田。続きます!」
体のあちこちのポケットを探りつつ、彼女もバッと前にのめり込んだ。トシ坊はすでに着地、玄関の向こうへと消えた。
来たのは、通常の救急だった。ここ最近はこうだ。通常通りの業務は、やけに楽に思えた。だからといって、手を抜いてるわけではない。
トシ坊は1人目の浅い呼吸を確認。アンビューを当てた。
「このマスクの袋が患者の肺だ!そう思ってもめ!」
「はいっ!」
桜田はすでに大汗だったが、今どき素直な女医だった。勝気が上回ってない。
トシ坊は、胸痛患者を確認。
「心電図!」
ポッケの並んだテープ電極を、手品のように取り出す。患者の胸に。
「バイタル!ミオコール準備!」
右腰のポータブル機械に電極を接続。覗きこむ。
「ST上昇して、いや発症3時間というところか!」
「ルートキープ!」女医が点滴確保。ところがトシ坊がする寸前だった。
「バカッ!さっきの患者のキープを!」
「す、すみません!」
トシ坊は即座に判断した。
「ザッキー!応援を!ザッキー!」
返答がない。
「ザッキー!大腸内視鏡を中止し、大至急、救急へ!」
無反応。
「なんて奴だ!ユウ先生!ユウ!」
滑り台の頂上、ガタンという音とともにユウが滑走してきた。
「俺を呼びつけるな!後輩が!」
救急車のサイレンが、3,4重と聞こえてきた。
田中、慌てながらアナウンス。
<き、きます!黒い救急車の模様!>
トシ坊はバイアスピリンを内服させ、点滴にニトロ剤などをつるしていった。
「ユウ先輩!彼女のサポートを!」
「こ、これ!AMIじゃないか!心筋梗塞だ!」
<当院へ来ます!その数・・・>
ユウはPHSを持って見上げた。
「何台?」
<・・・・・>
「何台だってんだよ!」
<たた、多数・・・>
「危ない!桜田!」ユウが叫び、桜田は反射的に黒い救急車をよけた。
「ひっ!」
近くで2台、停車した。トシ坊は事務員に指導、さきほどの心筋梗塞をカテーテル室へ搬送命じた。
「自分は!カテーテル室で治療を続行します!」
「待て!いやそれでいい!」ユウは背中の挿管チューブを抜いた。ポーズを取る猶予などない。
桜田は1人目の挿管がやっとすんだ。
「できた!できました!」
アンビューをもんでいるが、その音は・・。
「桜田!胃だよその音!」
「はい?」
「間違えて、胃に入ってるんだよ!」
ユウは1人、挿管し終えた。もう1人、点滴ルート確保寸前。ポーチからブドウ糖液。
桜田は、バッグから聞こえるグゥ~という音に目が覚めた。
「はっ!」
「よし代わろう!」ピートが取り上げた。一瞬技で挿管し、ナースに呼吸器設定を指示。
ピートはそのまま左右を見回した。
「・・・・次はあれだ!」
桜田も続いた。ピートは振り向く。
「女医!お前はいったん処置した患者のフォローに回れ!」
「えっ・・・」
ユウは不整脈に対する注射液の準備中。
「ピートの言う通りだ!フォローしろ!」
「・・・・・」
女医は少し肩を落とし、後ずさりした。
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