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2009年6月24日 連載

 2週間後。

 松田クリニックは大盛況だった。患者の口コミ効果は絶大だった。会計がなぜか安いし、手続きも早い。イケメン外国人ぞろいのリハビリ室というのも効果があった。ポイントが高いほど優遇されるのも画期的だった。これら人件費、PRもすべてファンドに頼るところが大きかった。

「と~ど~ちゃん!」院長は意味もなく、藤堂ナースの名を叫んだ。

「はい」
「横の2診、シローちゃんとこ患者増えてない?」
「見てきます」

意図的なのか、下着が透けて見える白衣だ。院長が血眼で追う。

しばらくして戻ってきた。
「ここより10冊増えてます」
「そっか・・・増えてきたな」
「嫌がらせしましょうか?いつものように」
「いや・・・やるな。あいつ」

 藤堂はなぜか、気を良くしていた。待ちに待った<機会>が近づいてきたからなのか。とにかくここでの仕事はどうでもよくなった。命令である<シロー>の評価も終わったし、<次の作業>が終わればおさらばだ。

 老師長はつまらなさそうにシローの介助についていた。立場は逆転、シローに有利だった。外来がいったん終わり病棟、すぐにまた外来その繰り返し。

 そうこうするうち、病院が次第に彼のペースと化していた。これはユウのやり方なのだが・・・<最初>と<最後>をおさえること。たとえば月曜日の早朝の時点で情報をすでに一手に集め、総合的な検査もここで再評価。週末にはすべての情報をまとめ、スタッフ居残りの最後の最後まで帰らない。有力な情報が見つかることがあるためだ。

 そうすると自分のペースで物事が進み、誰も文句を言わなくなる。ただしユウは1人でこれをするのを嫌い、トシ坊との1日1日隔日体制でやっていた。

 松田院長もいつしか、彼のそんな姿を認めるようになっていた。売上も好調。これで入院患者が爆発的に増えれば、ノルマは達成できる。

「松田院長。昼休みに銀行に行きたいのですが」シローが願い出る。
「う?う。ああ」


近くのATMで、シローは入金を確認していた。

「・・・・入ってる。よかった・・・」
いつものように、妻への振込み。給与の大半がそこへいく。

「おい」
「うわ?」

ユウが立っていた。

「この客遅いな~と思ったら。お前かよ?」
「先輩・・・この前は、どうも」
「どうもじゃねえよ。5分くらいはあるだろ。来い!」

近くのファーストフード店。

「シロー。さっきからずっと黙ったままだな・・・」
「・・・・・・・」
「いや俺が聞きたいのはな。なにかこう、ホントはお前何か伝えたいことがあったんじゃないかって」
「・・・・・・・」
「こっちも、いろいろと考えるんだよ」
「・・・・・・・」
「ズバリ聞くが。あいつらに弱みを握られてるのか?」
「・・・・・・・」

遠くから、ストローをくわえたままの長身男が近づいた。

「ユウ先生?ですよね?」
「えっ?そうだけど?おたくは?」

体格のいい山嵐のような男はぶっきらぼうに、ガタンと横に座った。

「面接!」
「あ、その関係な」

シローは不思議がった。

「シロー。これはオフレコでな。このドクターは、今後うちで勤務する、大平くんだ。医師会が回してくれた。女医だけでは仕事が回らん」
「・・・どうも。松田クリニックの」

大平はストローをくわえたまま、そっぽを向いた。
「アンタ。とんでもない医者なんだってな」

 ユウは慌てた。

「やめろ大平!シローがそりゃ戻ってくれれば俺たちは嬉しいが、失くした人手の問題はそうはいかん。なので医師会にお願いして、使えそうな人材を補充させてもらった。救急も当直も、何でもござれだよな?」

シローは顔で何か思い出した。

「あっ。あなたは・・・たしか、医療の番組で・・・ドキュメントの?」
「そ!あったり!ハッタリじゃないで」大平の笑顔がはじけた。
「実質1人で僻地の病院を引き取って、3年ももたせたという!」

 その医師は本まで書いていた。医療の現場を描いてきたが、ある日突然出版しなくなった。

 ユウはゴミを捨て、戻ってきた。

「ま、3年でポシャッたわけだが」
「るせえな!あれは自治体が!」大平は眉をしかめた。
「でもよくやったよ。大阪の医師会は、その根性を買ってるらしい」
「僻地は難しいんだよ!」
「それは俺たちも知ってる」

大平は好戦的に身を乗り出した。飲み物を持って離さない。腰にそれ用のトレイまである。

「ああ、これか?実は糖を補給してないと、もたない体なんだよな」
「インスリノーマ?膵臓に腫瘍が?」シローが聞いた。
「代謝関係。小さい時からでな。それが医者になった理由だがな」
「そうですか・・・」

3人はジョジョジョ・・・と残りを飲み干した。

ユウはいきなり立ち上がった。

「大平。土曜日だよな今日!恒例の集会だ!」
「オレ採用?」大平は自分を指さす。
「もう決まってんだよ!」
「なんだよ無駄足か?」

シローは小さくおじぎをし、出て行った。2人も続いた。

ユウは、道路を渡ろうとしたシローの背後から声をかけた。

「シロー!」
「はい?」
「魂だけは、売るなよ!」

シローは変わりかけの青信号を、飛び出した。





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