仕事が終わり、ユウはいつものように事務室に寄った。冷やかし目的だ。事務員らはレセプト業務に追われている。ドクターらの汚い字とパソコンとを交互に睨む日々が、1週間続く。
「もう終わったか?」ユウは空いている椅子に腰かけた。
「今日でまあ、なんとか」田中君はパソコンに向かっていた。
「なんか、情報はないか?」
「ないですねえ・・・」
シナジーは書類をまとめにかかった。
「もう帰るんですか?先生!」
「帰らせてくれ・・・今日はもう。しんどい」
「目標人数、入院させてない!」
ノルマが書かれた手帳を見て、シナジーはまた現実に困った。
「入院患者が足りないんですよ・・・」
「そんなこといったって、調子悪い人を入院さすわけにもいかんだろ?」
「糖尿病の療養目的とか、確認造影とかあるでしょうに・・・ぶつぶつ」
滑り台の下から、声が聞こえる。シナジーは駆け付けた。
「あ?大平先生?」
「おーい!犬が入ってきたぞ!」
例の新任ドクターが、チワワを抱えてなでている。
「ここの犬か?」
「先生!それは相手の偵察機です!もとに戻してください!」
「ここで飼ったらダメか?」
「ダメダメ!絶対に!ダ!メ!」
人だかりが増えてきた。シナジーは犬の首輪を指さす。
「ここに、精巧なビデオカメラがありまして・・」
「鈴かと思ったら・・へぇ」
勝気な大平は、離さない。
「じゃ、俺たちの会話も奴らが聞いてるってこと?これで?」
「はいはいはい。外でとにかく」
「へー・・・」
近く、腰に両手を当てている師長が巡回している。
「ユウはどこ行ったんや!なあどこへ消えたんや!」
ミチルのこれは、いつものことだ。
「まだ申し送ることが千ほどあるんや!ガーッ!」
見届けたあと、大平は首輪を軽くつかんだ。
「おい聞こえるか!松田クリニックの院長さんよ!」
「あわわ!」
シナジーは奪い取ろうとするが、かわされる。
「ここの事務長が、さっさと決着つけろってよ!それとも決め手がないのか?え?俺は世界医師会の大平だ!」
「せかいいしかい・・・ヒー!」
シナジーは気分が悪くなり、そこへうずくまった。大平は手を放し、犬は走り去った。
陽気な表情をしていたのは、補佐の田中だけだった。ユウが後ろに立って耳打ちした。
「田中。犬の首輪に、何かひっかけたか?」
「ええ」
「?」
何か、ワッペンのようなものを。田中は自慢げに、皆と階段を登った。シナジーは2人に抱えられていた。
「あの先生。やばい、やばいよ~・・・田中」
「いえ。ケガの巧妙ということも」
「ケガというより、致命傷だろうが!」
田中は事務室に入り、パソコンソフトを起動した。
「まあ、見ていてください・・・!」
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