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2009年6月29日 連載

 真田病院。ザッキーは自転車で、救急車群の周囲をギューン、と旋回した。

「とりあえず、あとは中等症といった感じですね!大平がうまくやってます!」

<軽症は、桜田と眼科医が中心で!桜田は玄関前にいったん戻れ!>とトシ坊。
だが、応答がない。

<桜田?>

 空きベッドの近くで吐いている女性がいる。きっとあれだ。
<ザッキー。もう1人、入院だ>

 切り、トシ坊は入院患者のベッドを一手に集め始めた。救急車は1台ずつ、ゆっくりとバックを始めた。

 事務室、シナジーは指で壁のスイッチを押した。
「そうは、いかないかもよ!」

 駐車場の向こう、そろそろと鉄の柵が上にせりあがってくる。2メートルはある。これで出口は・・・

「なくなった!」
 シナジーは腕組みし、モニターを確認した。ドクターカーは山を登ろうとしている。
「大阪から、出るというのか?」

 と、大平が桜田を背負って入ってきた。みな、走りかかった。
「(一同)桜田先生!」
 どうやら眠っている。あちこちの吐物がものものしい。

 当直用のベッドに、そのまま寝かされた。ザッキーが点滴ルートを確保。

「大平。ちゃんと面倒を見ないと。ユウやトシキに怒られるよ」
「お、俺は・・・子守係じゃない」

 女医の睫毛が微かに揺れ続ける。大平はため息をついた。
「彼女は一生懸命やってた。お前らは、それを評価してないだろ?」
「一生懸命は、誰だってそうっすよ」
「お前らはバラバラだ。分析してそう結論するよ。俺はね」
「好きにいいなよ・・・」

 点滴がポチポチ落ち始めた。ザッキーは立ち上がった。
「俺たちは、即戦力が欲しいんっす。可哀そうとか一生懸命とかは単なる美化ですよ」
「ダメだな。ここの病院は。やはり俺が立て直し・・」
「僕は、イチ抜けますんで」

 一言多いザッキーだが、後ろのトシ坊もあえて反対しなかった。

 大平とトシ坊は、並んで詰所へ向かった。トシ坊は長い沈黙を破った。

「大平くん。今回の救急ラッシュではかなり助かったよ」
「だろ?でもあれより大変なの、あったぜ」
「ただ、君の言動には不快なところがある」

 ピタ、と大平は止まって見上げた。

「この病院は、下への丁寧なカリキュラムを立てず、いきなり第一線でこきつかう。そういう病院とは聞いてなかった」
「新人を育てたい気持ちはある。だが、ちょうど動乱のときに彼女は来た」
「俺もな。だが言動を責めないで欲しいな。行動で示す人間だからな」

トシ坊は、やれやれと首を横に振った。

「もちろん、行動で示すこと自体は説得力だ。でも納得させるものでないとね」
「なにっ・・・」
「インフォームドの意味を、履き違えてませんか?」

トシ坊の言い方も、それなりに相手を苛立たせるものだった。

トシ坊は詰所に入ると、後姿の師長。ツノが2本見えた。

「ミチルさん。早めの退院、促しておいてくださいよ!」

ミチルは声もなく、喋りだした。
「お前らナメとんか・・・指図ばっかりせんと・・」

「はい?」トシ坊はとぼけた。

「雑用から何から!手伝えやさっさとー!」
「(トシ坊・大平)は、はーい!」2人とも腰を足でどつかれた。

 その頃、点滴のおかげか桜田が目覚めた。両側はカーテン。右手を顔に持っていくと、誰のか分からない凝血。

「お・・・終わったの・・・?く!」腰が痛く、向きを変えた。カーテンを少し開けると、ナースらのダベり声が聞こえる。

「ブヒブヒ!これから先が心配やな!あの女医さん!」
「ブヒ!確かに要注意やな!ヒステリックっぽいし!」
「ブヒブヒ!ザッキーがまだ救急は任せられんっていうてた!」
「僻地で楽ばっかしとったんやろ!」
「ブヒ!」

 悔しいがいったん力尽き、カーテンがサラッともとに返った。



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