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2009年6月30日 連載

  山から出てきた藤堂ナースのバイクは、大型病院を見上げていた。裏庭のすぐ手前。間もなく破産の病院だ。

「・・・・・」

 片手で電話。眼は正面。声を演出。

「東大阪救急?搬送をお願いします!」
<どのような患者さんで?>
「東大阪のXX病院に家族が運ばれたんですが・・・うっ。うっ」
<だ、大丈夫ですか?>
「別の病院を希望したんです。でも運んでくれなくて」

妙に、女らしくしゃべる。裏庭から歩いて、職員専用入口より内部へ入る。

<その。つまり・・・我々はその病院へ行けばいいのですね?>
「はい。うっ・・」
<ではまずXX病院へ連絡をして確認を>

事務室はもぬけのカラ。

「お願いします・・」
<はい・・で、先生のお名前は?>
「・・・・・そうだわね・・・ミタライ!」

電話を切る。すぐさま、足津へ連絡。

<到着は予定どおりですね>
「救急車は1台手配した」
<では、残り65台は我々がバラバラに手配します>

「ちょっと」後ろからじいさんの声。
「?」振り向くが動揺してない。
「事務当直の者です・・・」じいさんもそう動じてない。

 藤堂ナースはピキン、と1万円札を指の間に挟み、渡す。

「ありがとう、ありがとう・・・このあとは私は何を?」
「失せな」

 藤堂ナースはパソコンを起動し、入院患者の状況把握を確認。情報の通りかどうかを確かめる。思えば贅沢な作りの病院だ。シャンデリアなどのバブルを象徴するような小道具が暇を持て余している。背の高い天井にガラス張りに・・・利用価値は大いにある。

 ここを病院のまま継続するか、全く別の施設と化すか取り壊すかは、すべて足津の裁量に任されている。

 しかし藤堂には全く関心がない。彼女は大学病院へ<進出>することしか頭にない。

 そこで見届けたいものがある。

 一方、父親の救急隊長は他の病院の待合室にいた。
「・・・・・」
 隊員が横に2人いる。どうやら搬送を終わって、帰還命令の待ち時間のようだ。

「ん?」電話が入る。横の2人は寝ている。

<私です>
「足津さん。ああ!」思わず起きあがった。
<お嬢さんは、奪取の第1段階に成功した模様で>
「XX病院のですな。では私は参加しなくても・・・?」
<結構です>

父親はニヤリと幸せを感じた。

「そうだ。真田は・・真田の連中は大丈夫でしょうな?」
<1台の追跡があり難渋したようですが、山中で消息をたったようです>
「彼ら、手ごわいですよ。本当に息の根止めないと・・」

余計なアドバイスを、足津は無視した。確かに、勝負はついていた。

藤堂隊長は胸騒ぎがし、いきなり立ち上がった。

「おい。お前ら」
「はっ?」2人が目を覚ます。
「俺は1人で帰るから。お前らは適当に帰れ」

携帯で、株価の確認。上昇している。

「いいな。交通費はこれで」数枚、紙幣を出す。
「えっ?こんなに?」2人の目が輝いた。
「吐いて捨てれる金だ」
「ぜっ・・ぜひどうぞ」
「フン!」

 隊長は娘のことが気にかかり、XX病院を目指すことにした。すぐ外、リモコンで救急車のエンジンがかかる。

「おいまだ帰るな!病棟まで手伝え!」医師が1人出てくるが・・・
「ふん!」腹を蹴った。
「ぎゃふん!」
 
うずくまる医師を尻目に、隊長は乗り込んだ。

「俺の仕事を邪魔するな・・・!」



松田クリニックでは、院長が両手放しで喜ぶ。

「いやっほう!よっしゃあ今日はもう休診や!」
「(一同)おおおお!」

診察室のシローは、消えた明かりに驚いた。
「ええっ?」
「休診じゃあ!もうこんな苦労せんでもええ!」老師長があちこちスイッチを消し始めた。

 不満たらたらの患者らが、1人ずつ強制退去させられていく。外人スタッフらも強気だ。
「ハイハイ、今日はモウオワッタヨ!」
「信者さんは診るからな!」老師長が仕切る。10数人の信者らが残る。

 院長はノルマの達成に満足し、どっと脱力感に襲われた。

「燃え尽きたな俺たち!シロー!」診察室にいきなり入る。
「まだ診療は終わってなくて・・」
「もうええねん。これからは気長にやんねん。真田にも患者は帰らんやろうし、あそこの崩壊を見届けるだけや」
「崩壊・・・」

 クリニックの外来患者数は、今も増えたままだ。それはシローの人柄によるところが多かった。






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