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2009年6月30日 連載

 ユウ・田中が徒歩で裏庭に到着したときは、もう1時間も遅れをとっていた。

「はあはあ!大丈夫ですか先生!」
「虫よけスプレー、すべきだったな!」ユウはあちこち掻いた。
「ハチの大群には驚きましたね!」
「てて・・」

 病院の外周を回る。人の気配がまるでない。ユウはリッチな外観を見回した。

「とてもこの病院が破産するとは思えないな・・・」
「噂によると、計画倒産のようですね」
「計画倒産?」
「ほら。会社とかでよくあるじゃないですか。潰れる前にいろいろ建設して、マージンを頂いてから破産するっていう」
「最後のひと吹き、というわけか・・・」

 田んぼの多い地域ながら、やけに車の混雑した音が聞こえる。

「・・・あれは?」ユウらは目を見張った。病院の正面前に、数えきれないほどの救急車がひしめいている。

「田中くん。ここにも救急ラッシュか?」
「いえ・・・どうやら逆のようで」
「逆?」

 確かにそうだった。患者は救急車へ1人ずつ戻されているような形。ベッドも、徒歩もいる。徒歩の患者はまとめて数人、誘導されている。

 ユウは白衣の女性に気づいた。ドクターの白衣のようだ。

「おいあれ!あいつだよ!」
「あの女?」
「電気を放つ女だよ!」

 ゆっくり、2人は近づく。

 救急隊員の1人が、藤堂ナースに詰め寄る。
「ですが!私たちは家族だと聞いてたので!」
「だが、ミタライとは言った」
「あなたは病院のスタッフなんでしょうね?本当に?」

 疑い深い隊員のせいで、波紋が広がりつつあった。背後には常勤の老ドクターらが近寄ってくる。

「そうだ!あの先生らに聞いてみよう!」隊員がダッシュするが、他の隊員に止められた。

「あっ?あなたは・・・藤堂さん?隊長さん?」
「そうだ!俺は藤堂だ!」さっそく説教を始めた。

 父親が間に合っていた。<ミタライ医師>は背後の常勤医らのもとに走った。

「あたしは大学病院のミタライ医師といいます」
「おっ。おお・・」院長とおぼしき老人。
「そちらの病院の事情は聞いております」
「う、うちが破産して閉院するという情報をど・・どちらから?」

 藤堂ナースはちょっと間があった。
「・・・オーナー同士の話し合いで」
「オーナー?ああ、なるほど・・・じゃあわしらは分からんな」
「行政処分の前に、私らが」

 じいさん医師は、ホッとした表情に。

「そうじゃな。行政処分になれば、強制的な転院となる。こういう形の方がわしらも・・」

「では」藤堂ナースはさがった。父が全隊員を説得したようだ。
「ありがとう。ミタライ先生」

 ユウと田中は追いつこうとしたが、藤堂親子は走って突き放した。

「おい待て!待て・・」ユウは足の裏に痛みを感じ、立ち止まった。
「自分も、膝が笑ってます!」田中も止まった。
「くそう!この鈍足の足が!」

 さきほどのじいさん院長が、白衣のユウを後ろから抱き締めた。

「先生もか。ありがとう、ありがとう」
「なにやっ?」

 救急車30台余り、一斉に向きを修正する。サイレンがバラバラだがあちこち鳴りだした。

「ミタライ先生にも、よろしく言ってください」じいさんは泣きぬれていた。
「ミタライ?」ユウはこわばった。
「ああ、もう乗りなすった。先生らも早く!」
「なんで、ミタライなんだ・・・」

 田中は転がった。
「今度は、しびれが切れてきたあ!」
「なんで・・・」

 ユウは不思議がった。

 遠くまで続く山道を、いろんな形の救急車が続いていく。それぞれ名前が違う。あちこちから呼び寄せられた車体のようだ。

「なんで、俺のもとコベンの名前なんだ・・・」

 連なる救急車の先頭、運転手は藤堂隊長自ら。
「大学病院という話だったが、その前に経由する場所がある」
 とアナウンス。助手席の娘は汗だくの服を脱ぐ。

「・・・とにかく、ついてこい!」






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