夜になっても、桜田はフィルム庫から出てこなかった。ここは空調が絶えずきいている。このようにして、フィルムが厳重に保存されている。フィルム缶に、DVDのRAMなど多数のメディアが時代を経て混在。
桜田は携帯をカチカチ押しながら、隅にうずくまっていた。髪の手入れも最近していなく、映った鏡がまた彼女を虚しくさせた。
「どっか・・どっかないの!」
ダイヤルがつながる。
<◎◎病院です>
「あ、あの。総務へお願いします」
<お待ちください>
しばらく音声。
<総務です>
「あ、あの・・・医師。医師は・・足りてますかぼ、募集があってそれで」
<え、ええ!>
声色が急に変わった。
<ぜひお聞かせねがいますか!>
「あたし、もうついていけなくて・・」
<先生!ぜひ先生のお話を伺いたくて!いやあ、ちょうどよかった!>
「もう、生きていけなくて・・」
向こうは興奮を隠せない。
<先生なんでしたらあっ・・?いい、院長に変わります!>
「大事にしてくれるなら、どこでも・・・」
<院長です>声の主が低音に変わった。
「・・・あっ?」
女医は手首を掴まれた。彼女にはめっぽう強い力だった。
「・・・・・」
「生きないなんて言ったら・・・」大平の顔が数センチ前にあった。それなりに男前ではあった。
「・・・・・」
「俺がほっとかない」
「あ、いや」彼女はわざとらしく唇を逸らした。
「なあ」
「ちょっ」
「なあ・・・」
彼女は観念したどころか、落ち着きはらったように正視した。かえって大平が目をそむけそうになる。
「ん・・・」
彼女の口が相手の口に埋めたまま前のめりになり、大平は目を閉じてうっとりしながら後ろにずり退がった。
「とと!と!」大平の後ろ、ドカッと上からフィルムの箱がまとめて落ちてきた。
大平の数センチ視線の下、彼女の眼が輝いた。
「ご、ごめん・・・」
「いい。いいよ」
今度は大平がまっすぐ迫り、勢いで歯と歯がぶつかった。だが誰も指摘しない。
あとは、止まりそうなほど激しい吸気と呼気が、延々と繰り返されていく。呼気が吸気を、吸気が呼気を追いかける。
パチン!と彼女の白衣上部の・・・ボタンが跳ね跳んだ。
お互いの寂しさで抑えていたものが、爆発した瞬間だった。
<もしもし?先生!もしもし?>
受話器の声にこそ、節操が感じられなかった。
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