社会保険事務所。ガランとした職員室のような部屋。
「はい。医療対策課。・・・え?あ、はい」
背広の男が眉をしかめた。
「足津さん?どうしました。え?早急に?ええ。調べてみます。光栄です!」
周囲の机は慌ただしく、中年らがパソコンをたたきまくっている。
「ちょっと、出張したいところがあるので」
役人は、スーツを脱いで私服に着替えた。50代が30代に若返った。
再び足津に電話。廊下へ。
「大株主になれるって夢の話・・・信じてようございますか?」
「あなたの働き次第です」
「ちょうど最近ダメなんですよ。馬も女も」
「お願いします」
真田病院は、みな息切れしかかっていた。だがようやく効果が表れ始めたのか・・
「当院への患者数が、激増している!」
事務員がベランダから指差した。
「噂によると、向こうは優秀な人手を失ったそうだな」
ユウもベランダに並んだ。患者が交差点をどんどんわたってくる。
「せっかちなことに、あの病院の入院患者は全部追い出されてた。新規に入ると思い込んで。奴ら1から出直しだ」
「なるほど」
「新規に入るはずの患者が全部、真珠会に吸収された。彼らには全くの想定外だったんだ」
「それでやる気をなくしたんですかね?」
「いや・・・その逆じゃないかな」
クリニックの診察室。松田院長は、待合室の患者数激減に戸惑っていた。
「くそ!なんで・・・なんで?」
院長は相変わらず自問自答していた。疑問は次々と起こった。今度は外国人スタッフが全然出勤してこない。いるのは看護師長と数少ない病棟ナースだけだ。
空の病棟のナースのサポートではうまく回らない。
「スタッフまで・・・スタッフまで取られたというのか」
不安になり、横の診察室のカーテンを開いた。
「おいシロー!いるんだろうな!」
「ここだよ」
「うっ?」
シローは私服に着替えていた。ベルトをしめている。
「おめぇ・・どっか行くのか?」
「お世話になりました」
「お世話だとぉ?」
シローの心はここになかった。
「僕はここでは、もう働きません」
「おいおいおい。強気だな。どこへ行こうというんだ?まさか真田に」
「いえ」
「ここをやめたらおいどうなるか。真珠会からのお情けもなくなり、宗教法人で預かった家族にも会えんぞ?俺の一声でどうにでもなるんだ!」
「いや・・・その権限も、もうあんたにはない」
「あんた?あんたときたか!」
松田は自分の行く末がだんだん分かってきた。
「ひ・・ひぃっ。おい待て!」
「どけ」
「待てよぉ~!」抱きつくが、すぐかわされる。
「僕はもう、とことんまで我慢した。だがそれもようやく報われつつある」
「<学会>に入信したのか?したんだな?」
「何を言ってる・・・」
シローは準備された外車の後部座席を、開けてもらった。
その前、助手席には・・・松田は悟った。
「てめぇ!足津!」
足津は澄まして、横も見ようとしなかった。
車は余裕で走り始めた。
煙の消える中、階段の上でいっそう老いた師長が待つ。
「先生。先生!」
「あああ!もううるさい!」
「新患さんが・・・」
「チッ!俺1人でやってやらあ!シロー!」
その声も、渋滞した車の音に虚しくかき消される。
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