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2009年7月8日 連載

 藤堂隊長とその娘は、その宗教に入信して間もない。彼らは今回のお祈りのほか、<体験発表>という宿題を出されていた。

 藤堂ナースはステージに立ち、原稿を握った。

「これより、我々はこの宗教団体を代表し、現在の日本人を今後の誤ちから救うため、ある行動に出ます」

 聴衆らは、具体的なことは知らない。ただ、日頃のアピールのみに人生を没頭させている彼らにとって、破壊的な行動は逆説的に建設的なものだった。その際、選ばれた彼らは破壊されるのではなく、破壊の後に君臨する。その時をただ待っている。

 このナースら一団が何であるかなど、個人的な疑問は抱かない。そういう習慣などついてない。外界への鍵は持っておらず、だからこそ彼らは魂を譲った。

「さて、あたしの体験談は・・・約5年前。大学病院で祖父を亡くしました。高齢ではありましたが、まだしっかりした方でした」

 聴衆の1人、父親の隊長はなぜかかなり焦った表情に変わった。
「あいつ、適当な話のはずが!」

「当時私は看護学生で、関東の方にいました。父が自ら隊員として大学病院へ搬送してくれました」

 皆の羨望のような視線が、隊長に注がれる。

「父によれば、夜間の当直の医師はその場でアタフタするだけで、ろくな説明もなく結局助けることもできないまま・・・救命処置は父が1人で。間に合いませんでした」

 彼女は声を詰まらせた。本心なのかどうか・・・。

「そんな人間に任せていた、あの病院が私は憎い・・・」

 聴衆は、声もない。

「その医師には、ついこの間。父が<制裁>を加えてくれました」

 場違いな拍手が一部で。

「でも、あたしは気が済まない。絶対に嫌。あの医局を一躍有名にした、真田病院のスタッフも同罪だ」

 隊長が、<もうやめとけ>サインを出す。

「で、父はその際にこの宗教に入信しました。それからの父は・・」

(拍手)

「皆さんもご存じのとおり、隊長としての目覚ましい活躍、ファンドの株主としての成功」

(拍手)

 隊長は、しかし快い表情ではなかった。
「ぬうう・・・」

 藤堂ナースは、遠くから出発のサインを受け取った。携帯も同時にバイブした。

「私も、ぜひこの宗教に入信し、<実行部>として今後の皆さんの願いを叶えていきたい!」

 シローは、後ろの方の列で家族を探した。
「・・・・・ダメだ。分からない」

 出発の前に家族を見つけ出せるはずもなく・・・。ましてや逃げ出す道があるわけでもない。行き当たりばったりの道の末に、時は収束してくれない。

 運命の時は近づこうとしている。


















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