1時間にも及ぶお経を抜け出す形で、藤堂隊長・ナース、シロー医師、マーブル医師は縫うように群衆の間をかき分けた。耳ざわりな読声が、ダイレクトに耳に飛び込んでくる。
シローは、ユウならこう言うだろうなと思った。
「アルファ波、出まくってるな・・・」
そうしている間、装束様の服装が知らん間に白衣、隊員服に変わっていく。藤堂ナースは黒いレザー。確かに、ナースの仕事は今回はお預けだ。
隊長は心配そうにおいかける。
「つらいだろうが、足津さんの命令だ。傍観者に徹しろ!」
「・・・・」
「お前、なんであの場であんなことを・・・」
「・・・・」
「藤堂家では、封印していたことだろ!」
娘は、キッと振り向いた。
「確かに、私が手を出さなくとも彼らは潰れる」
「ううっ・・」
「その間に、私にも調べておきたいことがある」
「なにっ・・」
父親は、人生で初めて娘に脅かされた。
シローは、マーブルに肩を組まれている。
「いいか。この先で地下に降りたらトレーラーの眠るドックだ。往診開始だ」
「で、でも今から大学へ出撃するって」
「だから何だ」
「だからって・・・それは往診じゃなくて」
マーブルはエレベーターの地下行きボタンを押した。
「お前さあ。俺がここまで生き残るのに、どれだけ地獄を見てきたのか知ってるか?」
「いえ・・・」
エレベーターの中、マーブルは昔話を始めた。
「俺がお前と会ったのは確か・・・」
大学病院でだ。このとき俺、槇原は・・・当時の時代の寵児・草波の経営する医療コンサルタントに登録していた。
研修医の1年目、誰にもカバーできないミスを犯してしまい、拾ってくれたのがあの方だ。今でも感謝はしている。
「(一体、何をしたんだ・・・?)」シローは思った。
「まあ聞け・・・で、大学でお前やトシ坊に会うことになる。大学病院でもやはり人間関係に疲れ、そのあとさらに拾ってくれたのが真田病院の本院だ。これも草波さんの配慮だ」
「ですが、その病院は今は・・」
「ああ、なくなった。業績の悪い本院が潰されたわけだ。俺はお前ら真田スタッフをいくら恨んだことか・・」
「でもそれは・・」
「いや。それはもういい。人間の怒りなど、時間の経過で覚めてしまうようにできてる。で、問題はその後だ。改めて真珠会病院に募集して生き残った俺は、物凄いノルマと良心の間で悩み、悩み抜いた」
「そんなに過酷だったのですか・・」
エレベーターは、とっくに停まっている。
「ああ。患者数はもちろん、検査数は決められ、常人には考えられない治験、呼び出しは24時間体制の完全主治医制。期間限定の出張では他の科を学ばされ、いきなり呼び戻された。洗脳合宿が1ヵ月に1回。徹底的にしごかれる」
「辞めればよかったんじゃ・・・」
「そうはいかん。俺にはもう後がなかった。外車や豪邸。莫大な借金も抱えた」
シローはたった5分で、ある人生の悲惨な末路を聞かされたようだった。
「(この人。もう医者じゃなくなってるな・・・)」
「金のためにやる馬鹿と思うなら思え。だがな、シロー。考えてもみろ。世の中正直に生きて、どうなる?今の医者どもを見ろ!どいつも偽善者ばかりだ!患者の予後が、医学の将来がどうだと?過去の清算はどうした?お前らのしてきたことは!」
バーン!と拳が壁に当たった。
「真田の奴らも大学の奴らも。自分らだけサクセス風吹かしやがって!抜け駆けは許さねえ!」
これから取る、彼らの狂気じみた行動・・・。シローはその<彼ら>に入ってしまうんだろうか・・・。まだ何もしていないのに、身につまされる彼だった。
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