正面玄関の両側、外来で入口は予約のみの患者が入っていく・・・。いやこの数だと、再診も紛れてそうだ。
シナジーの後ろ、走ってきた自転車の前輪が尻をかすめた。
「いたあああ!」
「すみません!」
振り向くと同時に自転車は謝りもせず左を通り過ぎた。が、バランスを崩しくねるように倒れた。
「たっ!」体格のいい長身男子だ。
「大丈夫ですか・・・ではないですね」
「す、すみません」右膝を持ち上げ、少し血が出ている。
「いけます?」
「は、はい・・・これからバイトなもんで急いでて。さっきの講演、長すぎて」
「ですね」
周囲、誰も気兼ねなく通り過ぎていく。シナジーはワンテンポ置き、ゆっくりと歩き始めた。
「あれ?」と後ろでさっきの声。
「?」ちょっと立ち止まった。
「つー。まだだ・・・」
どうやら思ったより、重症のようだ。
さきほどの男子はずっと押さえている。
「まだ血が・・・?」
「うわっ。けっこう出てるぞ?」
深くはないはずの傷口から、血液がどんどんあふれ出している。
「どうしよう。深い傷を負わせてしまったようで」
「いえ。そういうわけでは・・・」
シナジーは何度も頭を下げた。
病院構内に止めてあるトレーラーを遠目に見る。その手前、もしものために用意した<砦>とあだ名されたテントが20個ほどしぼんだまま。戦国もののセットのようだ。
「桜田先生は!消化器じゃないよね!」どこかの白衣が、<真田病院>と書いてる桜田に声。
「え、いや、ていうか・・何?」
「内視鏡してて、出血で中が見えないんだ!」
「内視鏡はまだ・・」
「いやいや!さっき講演聞いてた医療スタッフなんですけど!ああよかった!真田の先生がいて!」
内視鏡室に人だかり。奥にやっと見えるモニターでは、血の海から顔を出し入れする潜望鏡のようだ。
交代する形で、桜田は観察を始めた。
「洗浄の水と混じってよく分かりませんが・・・フレッシュな出血ですね」
「今、いきなり運ばれてきて。胃潰瘍の持病があって、今回いきなり吐血したんです」
「さっきの体育館で?」
「たぶん、ストレスでしょう。多忙でずっと緊張を強いられてきましたからねえ・・・」
観察を終了。
「病態的にはAGMLのような、浅いが広範な出血のようで・・・この方、出血時間は?」
「けふ液の病ひはありまへん」そこにいる<患者も>首を横に振る。
「でも。確保している点滴ルートの付け根が」
「え?あ」
針の刺入部、出血がこれまたにじんでいる。誰かがしきりに綿でふいてはいるが。他の医者はルートを注射器でいったん引く。
「血液はスムーズに戻る。この人、よほどの出血傾向でもあるのかな・・・」
桜田は指示した。
「採血は、もう取ったんですよね?」
「今しがた」
「ACT、測定してください」
「えっ。出血時間・・・あれって採ってすぐじゃないと」
「いいから。してみて」
「はい・・・」
「あとはお願いします」
近くで心配そうに見ていた大平の、携帯が鳴る。
「シナジーさんか?」
「先生すみません。トレーラー内の患者さんの振り分けを・・」
「トレーラー運転してもらって、真田まで運んでもらおう!」
シナジーは、真田へ電話。
「ミチルさん。受け入れオッケーですか?」
<重症やないやろな?>
「・・・たぶん」
<たぶんっておい!ひょ・・・>
ガチャ、と切った。
「すまん。もう暑くてしんどくて・・・それに女のカマキリ声は余計こたえて・・・」
散り散りになっていく群衆。ほとんどが通常業務、アルバイト先へと向かうことになる。学生らは、大学祭の準備。
敷き詰めてあるレールの、3両トロッコの運転が始まった。運転手らしき学生が、車掌のような合図。
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