ビルの間、5車線道路の真ん中3車線、救急車が2台。ちょっと違いのあるサイレンの音でシナジーは分かった。
「彼らだ!」
シナジーは暑さを忘れ、新玄関の前を飛び出した。真っ直ぐに走り、駐車場へ。ベッドはかなり蓄積し、スタッフらが1台ずつ適当に運んで行く始末。
ベッドの間をかきわけ、シナジーは手を挙げた。
「おおおおい!」
ユウの乗るドクターカーの中間部、ユウが屈んで靴ひもを結んでいた。
「もう終わったのかなあ・・・」
「電話、つながりませんね。おかしいな・・・」運転手の田中はよそ見の形で携帯を何度も押した。
「ダメだ。やっぱり・・・でも、着きましたね」
「喉が渇いたから、着いたらひとまず何か飲もう!」
背中にチューブを3本。ウエストポーチに注射・アンプルなど。
「ま、これだけあればいいだろ!」
「捕まりますよ。そんな恰好で」
「これが俺らのスタイルなんだよ!」
これらの場面が、すでに電波で送られているその先・・・
真珠会病院、ハッカーがパソコンを見えない速度で操作。
「バカめ。仕掛けた盗聴器に気付かないとはな!何度も同じ手に引っかかるのをバカという!」
(拍手)
足津は冷静。ハッカーが彼の方を向いた。
「理事。渋滞は、あれくらいでよかったんですか?」
「いいですよ。これくらいが適当です」
画面、大学構内の様子が数々のカメラで分かる。昼間だけに、人の流れがよく分かる。
「おーおー!医者どもがどんどん倒れまくって!もっと雷落としたれ!藤堂!」
電撃で倒れた学生らが、モニターに所々映っている。搬入にかかるタンカが運ばれていくが、<患者>の数が多すぎる。
「理事。株主の反応は至って良好!このまま取引終了ってとこでしょう!」
「いや・・・」
「まさか、売却の準備なんてことは?」
足津はピッ、と指を差した。
「万が一の準備は、しておいてください」
ハッカーは画面に集中した。
「妨害電波、切ります」
とたん、ユウの電話がかかってきた。
「はい?」
<何してたんですか!>
「ああ、もう着くから。渋滞があってほんで」
<こっちはバラバラなんですよ!>
「ああ。大学はそういうとこだから」
電話を切り、大学の入口へ。煙がいくつか昇っている・・・?
「田中くん。大学祭の催しものかな?」
「大きなトラックですね~」
右側に、大きなトレーラーが横づけしてある。
ユウは窓越しに覗き込んだ。
「へえ。うちにあるやつと一緒だ。コンテナの横に大きな窓があるし」
「今、開きましたよ?」
目を凝らすと、ベッドがヒューン!と視界に飛び込んできた。ユウは叫んだ。
「こっちに当たる!避けろ!避け!」
「見えたけど!」田中はハンドルを限りなく左に回した。
ベッドはそのまま、ドクターカーの後ろをかすめた。後続のもう1台の前もかすめた感じだ。
「どこかで見た風景だ・・・」ユウは、すぐに悟った。数々のテントは催しものではなく、医師らが出入りする状況から事態を把握した。
「やばいんじゃないか!これ!」
横のドアをスライドした。
「あの速いベッド!捕まらない!」いろんな白衣が飛びつくが、そのまま壁へと向かう。どうやら、射出先を極端に誤ったようだ。
「田中!並走してくれ!」
「追いつくかな!どけどけ!」ビビる白衣らを半分轢きそうになりつつも、田中はハンドルをゲームのように回転させた。
ユウは反動でモロに物品の中に倒れた。
「ぐわっ!」
そしてまた反対側。片手でつかまった天井バーのおかげで、落ちずにすんだ。
「あー!死ぬ!俺!絶対に死ぬ!」
左側に、ベッドが進んでいる。患者だろう・・・が、手を伸ばしている。
「・・・・!」
「田中!追い越せ!」
追い越したがすぐ壁が迫り、号令なく飛び降りた。カッコイイものではなく両足がガクンと曲がり、とっさのチョップがベッド前面に当たった。
「いてええええええ!」
人生最大の痛みだった。だがベッドは角度を変えて止まった。しかし急停車だ。
「てて・・・だ、大丈夫か?だった?てて・・・」
左手が、まだジーンとうずく。
患者の肩に手をかざすと・・・・
「やあ。俺を覚えているか?」大男が、牙をむき出した。
「はあ?」
「助からないかとヒヤヒヤしたぞ!」
目の前に火花が散ったかと思うと、頭が地面でボールのようにバウンドした。舌を噛んだかのような感覚だ。
「わぺっ・・・」
「貴様~!活躍してもらっては困るんだ!」長い棒を振りかざし、豪傑のようにブンブン振りまわす。
「トシ坊のケツに突っ込んだのは、さてはお前か・・・」
「どこにお見舞いして欲しい?」
「・・・・・」
ユウは、腰の両ポケットに手を入れた。
「・・・・やあ!DCベルトだ!」
「うおおっ?」反射的に、<豪傑>はのけぞり、回った棒が頭を直撃した。
声もなく、うずくまる。
「・・・・!」
「バカヤロー!ビビんなよ!」ユウは右側を通り過ぎた。
あちらで手を振るシナジー。
「先生先生!」と呼ぶその声のもと、ユウやザッキーが走っていく。大平が桜田女医に支えられて、何とかたどり着いた。
ユウは大平の白衣の背中の血液を見た。
「おい!けっこう血が出てるぞ!」
「注射針が・・・」桜田が、さきほど抜いた針を掌で見せる。
ふつうの注射針が3本。キャップはあとでかぶせたようだ。
ノナキーが、処置台をつんだ自転車でやってきた。フラフラだ。
「ユウ!ユウ!」
涙を流している。
「俺はどうしたら・・ユウ!ユウ!」
「どしたんだ。お前ら・・・」
コキ、コキと前輪があちこち向きながら、ノナキーは片足で止まった。
「クマリンだ!ユウ!クマリンだ!」
「何言ってるんだ。お前・・・」
「クマリンが入ってたんだ!クマ!」
「熊がどうしたってんだよ!うわあっ!」
みんなの集まる円の中心部に、雷が落ちた。むろん、人工的なものだ。
ザッキーがムキになった。
「今のバイク、見ました?あの女だ!チクショー!」
「あんな奴らかまうな!」ユウは叫んだ。
「あちこち倒れてますよ?人が!」
「ベッドの患者らを、極力中へ搬入しよう!」
シナジーが拡声器を力なく渡した。
「私が叫んでも、事務員ってことでナメられるんです」
「どこを?」
「先生。お願いします!」
ユウは渡された。得意のアドリブを使えということだ。
「俺が、この混乱ぶりを・・・?」
統制なき診療が、あちこちで部分的に行われている。
「どうやって・・・?」
考える暇はなかった。
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